「工藤君、最近よくメールしてるのね」
阿笠邸でコーヒーを飲んでいる時、震えた携帯を取り出した新一に、哀
が言った。
「んー? ああ、黒羽と」
「クロバ?」
「この間言ってた天使」
「あら。見つけられたの」
「ああ。しかも何か仲良くなった」
「へぇ。工藤君にしては珍しいじゃない、そういうの」
哀が興味深げに新一の手元を見やる。
幼馴染とのメールのやり取りですら面倒くさがる節がある新一が、こう
してまめにメールに返信いるのに、純粋に驚いているようだ。
そんなに珍しいだろうか、と新一は一瞬手を止めて考えて、確かにそう
かもしれないと頷く。
「クロバ君、ね」
「黒い羽でクロバ、だぜ」
「……見事に名と体が矛盾してるわね」
「だよな」
新一はおかしそうにくすくす笑った。
先日連絡先を交換してから、二人はすでに何度か会っていた。
外で遊んだり、工藤邸でぐだぐだ過ごしたりもした。
考えてみると、高校に上がってから、幼馴染とその親友以外の人間を自
宅に招き入れたことはほとんどなかったかもしれない。
それなのに、出会ったばかりの快斗はこんなにも容易く受け入れている。
普段なら面倒くさがって放置するメールも、文章は短いけれど律儀に返
信している。
何故だろう。
何だか気づかないうちに、自分の人格が作りかえられていくような不思
議な感覚だ。でも驚くことに、嫌な感覚じゃない。
本当に珍しい感情だ、と新一は思った。
***
金曜日の夕方、ソファで推理小説を読みながら今日の夕飯はどうしよう
か考えていると、突然チャイムが鳴った。
インターホンで顔を確認して、驚く。
門とドアを開けて出迎えると、その男は幾分申し訳なさそうな顔で上が
り込んだ。
「すまんな、急に」
「別にいいけど、どうしたんだよ、服部」
リビングに通して、とりあえずコーヒーを出す。
顔を合わせてすぐに気がついたが、何やら深刻そうな顔つきだ。連絡も
なしにやってきたところを見ると、ただ遊びにきたというわけではなさ
そうだった。
「東京には、親父の使いで来たんや。それはもう済んだんやけど……ほ
かに相談できる奴もおらんし」
「事件か?」
「ああ。実はな、大阪で出たかもしれんのや……」
服部が声を潜める。
「……天使殺しや」
新一は目を見開いた。
「なっ……天使殺しだと?」
「ああ。もう大阪で三人も襲われとるんや。そのうちの二人は死亡、一
人は重傷や」
「その三人が天使だった、と」
服部が頷く。
「それが本当なら、確かに誰にも相談できねぇな……」
殺害方法の類似から連続殺人として大阪府警はすでに動き出しているが、
被害者三人の共通点が天使であること以外にないのだとしたら、普通の
人間は関連性に気づきようがない。
もしこの殺人がまだ終わっていないのだとしたら、次の標的を絞り込む
こともできない。
「大阪中の天使を保護するわけにもいかへんし……」
服部がその浅黒い肌と共に祖父から隔世遺伝で受け継いだものが、「見
える能力」だった。服部の祖父は人間と悪魔のハーフだったらしく、服
部自身は羽を持たないものの、薄っすらと視認することはできるらしい。
「けどよ、オメーはなんで被害者が天使だってわかったんだ? 遺族に
会ったのか?」
羽は写真の類には映り込まないし、本人が死亡すれば自然と消滅する。
死体だけでは、天使か人間かの判別はつかないのだ。
「重傷の女性は病院に話聞きに行った時にな。わりと立派な羽やったか
らはっきり見えたで」
「その人、犯人の特徴何か覚えてたか?」
服部が首を振る。
「後ろからグサリやったそうや」
「そうか。ほかは?」
「死亡した最初の被害者は天涯孤独やったそうやけど、現場付近で聞き
込みしたら、近所の店のおっちゃんが教えてくれたんや。えらい別嬪の
天使やったのに、気の毒やって」
「近所の店?」
「被害者の家の近所にある豆腐屋や。夫婦そろって悪魔でな、俺が見え
ることポロっと言うたら、教えてくれたわ」
「なるほどな。……もう一人は?」
新一が尋ねると、服部はコーヒーを一口含んで口を湿らせた。
「……三人目の被害者は、和葉と同じ塾に通っとった男や。俺も迎えに
いった時に見かけたことあってな、天使だっちゅうことは知っとった。
工藤ほどやないけど目立つ羽やったから、覚えとったわ」
同じ塾ということは、高校生。
大阪の男子高校生が塾の帰りに人気のない夜道で刺されて死亡していた
事件は、全国で大々的に報道され、もちろん新一も知っていた。
連続殺人の可能性があることについては報道規制がかけられているよう
だが、警察もマスコミもただの通り魔の仕業だと思っている。
「被害者は全員、大阪に住んどった天使やっちゅうこと以外、何にも共
通点がないんや。ほとんど無差別やで……」
「だけど、もし本当に犯人が天使を狙って襲っているのなら、犯人は羽
を持つ者だ」
「あるいは、俺みたいに見えるだけっちゅう奴かもしれへん」
二人は同時に溜息を吐いた。
「そんなん探しようがねーよ……」
二人の間に数秒の沈黙が落ちる。
ソファに頭を預けてリビングの天井を仰いでいた服部が、そのままの体
勢で徐に口を開いた。
「なあ、工藤。俺、一つ気になっとることがあんねん」
「何だ?」
「もしかすると犯人、もう大阪にはおらんのやもしれん」
「……どういうことだ?」
「最初の事件は先月の初めやった。あとの二件はそれから二週間の間に
立て続けに起きとる。けど、三件目が起きてからもう二週間以上、何も
ないんや」
新一は目を細めた。
「つまり、パッタリ犯行が止んだのは、犯行を行えない何らかの理由が
あるか……あるいは犯人が他の場所に移ったから……もしかしたら今頃、
他県でも似たような殺傷事件を起こしているかもしれない」
「単にほとぼりが冷めるまで大人しゅうしとるだけかもしれへんけどな」
「だと良いけどな」
しかしそう言いながら、楽観視する気は微塵もなかった。
新一自身、三つの事件の影に潜む何かを想像していた。天使の白い羽を
求め、彷徨う黒い影……。
背筋をざわざわさせる嫌な予感は、探偵の勘かもしれなかった。
ファンタジー絡んだ事件という無謀さ!
2013/03/11