日曜日の朝から事件に駆り出されていた新一は、さっさと解決して昼過
ぎには解放されていた。

警部の送らせるという言葉に断りを入れて、新一は駅まで歩くことにし
た。
このあたりは土地勘があるわけではないが、近くにちょっと懐かしいと
ころがあったのを思い出して、散歩がてら寄っていこうかと思いついた
のだ。

あれはまだ小さくなる前の事件だった。
警部に警察のヘリに乗せてもらう約束をしていて、初めて街を空から見
下ろした。
無線で入った怪盗とやらの事件現場に乱入して、下準備もないわりには
結構いいところまで追い詰めたのだ。結局、スクリーンと共に観衆の中
に落ちるという離れ業をやってのけた怪盗に、新一は度胸で負けた気が
していた。

時計の文字盤に刻まれた暗号は簡単なものだったが、あんな比喩的な盗
みをする泥棒なんて見たことがない。
変な奴、としかその時は認識していなかったその泥棒が、後に怪盗キッ
ドだったと知って、妙に納得もしたのだ。


時計台が見えてくる。
日曜の昼だからか、散歩する者やカップルもいて、広場は賑わっていた。

すると、一際人が集まっている一角を見つけて、新一は興味深げに近寄
っていった。
時々歓声があがる。

(――あ)

集まっている人々の注目を集めているのは、大きな純白の翼を持つ、天
使だった。

「黒羽快斗……」

楽しそうに次から次へと手品を披露していく。
それはプロのマジックを見慣れている新一から見ても本物の魔法のよう
だった。
この人間たちに彼の羽が見えていたとしたら、それはまさしく天使の奇
跡の技のように映ったことだろう。


人だかりの外から控えめに見ていると、間もなくショーが終わり、若き
手品師に拍手が送られた。
歓声を一身に受けて丁寧にお辞儀をする彼を見届けて、新一は人だかり
に背を向けて歩き出した。

日曜の朝から事件で少し気落ちしていたが、いいものを見れた。
無意識に口元が綻ぶ。

すると。

「……おい! ちょっと待てってば」
「へ?」

肩を掴まれて振り返ると、さっきまで人だかりの中心にいた少年がいた。

「さっき、見てただろ? ひでぇじゃん、何も言わずに行っちまうなん
て」
「え、ああ……悪い」

とりあえず謝るが、何を責められているのかわからない。
先日映画館で強引に名前を聞き出してしまって、その時また会おうと言
われたから、まあ、一応顔見知りという関係は築けたと思っていたが、
こんなふうに親しげに話しかけられるような関係だっただろうか。

「名探偵、こっちの方来てるなんて珍しいな。事件?」
「え、まあ……」
「もう昼食った?」
「いや、まだだけど……」
「じゃ一緒に食おうぜ」

工藤新一が米花町に住んでいることは世間にわりと知られていることだ
が、何だろう、まるで自分のことを前から知っていたかのような言い草
だ。
それに名探偵という呼称は夜を翔る誰かを思い出させて、太陽のもとで
聞くと違和感がある。

「えーっと、このへんだと……名探偵、定食屋でいい?」
「ああ。……あのさ、黒羽」
「何?」
「その名探偵っての、ちょっと……」
「え? ああ。じゃあ工藤、な」

振り返ってそう言った快斗の微笑が思いのほか優しげで、一度だけ、心
臓が跳ねた気がした。
まったく、人の名前を呼びながらそんな笑みを浮かべるなんて、とんだ
誑しだと新一は息を吐いた。



「なあなあ、さっきのどうだった?」

二人で近くの定食屋に入ると、カツ定食を食べながら、快斗が興味深々
に聞いてきた。

「……さっきのって?」
「俺のマジック! 見てただろ?」
「ちょっとだけな。つーかよく俺がいるってわかったな」
「そりゃあもちろん。で?」
「あー……すごかった、よ」
「何か曖昧だなー」

快斗が不満げに頬を膨らます。

「いや、本当に。奇跡みてぇっつーか、さすが天使っつーか……」
「は?」

快斗が眉を顰める。
そういえば羽の話は地雷だったんだっけ、と思い出して、新一は慌てて
首をふる。

「いや、何でもねぇよ」
「……ふぅん」

納得したのかわからないが、快斗はすぐに別の話題を持ち出した。

美しい、と純粋に思う。

最初は確かに羽の輝きに惹かれたが、今はただ、こうして話している時
の彼の笑顔とか、光の加減で紫紺に煌めく瞳とか、マジックをしている
時の手の動きとか、そういったものがすべて、美しいと思う。

「おーい、工藤?」

呼ばれて、ハッとする。一瞬、思考に沈んでいたようだ。

「どうしたの、俺の顔見つめて。あ、さては見惚れてたな?」
「んなわけあるかバーロ」
「えー」

にやにやしている快斗を無視して、味噌汁を飲み干す。

「あ、食い終わった?」
「ああ」
「じゃそろそろ行きますか」

店外に出ると、陽の光が思いのほか眩しくて目を細める。
目の前に立つ快斗の背にある羽もきらきらとダイヤモンドダストのよう
に煌めいて、余計に視界が眩しい。

「さてと。この後何か予定ある?」

快斗がくるりと振り返った。

「え、いや。特には」
「じゃあ、ちょっと俺につき合ってよ」
「まあ、いいけど……」

本当に午後は暇だったので、とりあえず快斗についていく。
地元らしく、快斗はこのあたりの店にかなり詳しかった。そして、何軒
か服屋をひやかしているうちに、快斗のファッションセンスの良さに気
づく。マジシャンで人に見られることを意識しているからだろうか。

しかし、出会ってまだ二日目だというのに、古くからの友人のように話
して、一緒にショッピングをしているという事態に、新一は自分でも驚
いていた。そしてそれに戸惑いや煩わしさを感じていない自分にも。
快斗の人柄ゆえだろうか。彼はするりと容易く人の内側に入り込んでく
る。




日が傾く頃に、二人は別れた。
電車で帰ると言うと江古田駅まで送ってくれて、別れ際に、快斗が思い
出したように携帯を取り出す。

「メアド交換しようぜ」

また遊ぼうということなのだろう。頷いて、新一も携帯を取り出した。

アドレスと番号を交換し終わって、快斗が「じゃあな!」と去っていく。
新一は改札の手前でしばらくその後ろ姿を見つめていた。

走る背中で、羽が揺れる。
実際に風を受けるわけはないのに、それは緩く羽ばたいているように見
えた。
まるで、地上を翔けているかのように。

その背が見えなくなると、新一は踵を返し、改札の中へと入っていった。

























認識のすれ違い。

2013/03/08