幼馴染とその親友に、渋谷に遊びに連れ出されたある週末のことだった。
二人が観たいとせがんだ映画を観に、午前中から映画館に入った。

だが、新一は乗り気じゃなかった。

一応新一の好みも考慮してくれたのか、観ることになったのはアクション
系で、以前観た純愛もののように退屈するということもなさそうなのは良
いのだが、新一にとってはそれ以前の問題なのだ。

天使だって悪魔だって、映画を観る。それはいい。

だが、新一のように羽を持つ者、つまり羽が見える者にとっては、ちらほ
ら見えるそれは邪魔でしかない。

羽は透けて見えるので普段はさほど視界に影響があるわけではないが、映
画館のように列になって座っている場合、目の前の人が天使や悪魔だとや
はり画面が見にくい。

新一自身、大きめの翼を持っているので、後ろの天使や悪魔に迷惑になる
かと思うと肩身が狭くて落ち着かないのだ。

これはおそらくほとんどの天使・悪魔の共通の悩みで、言ってるそばから、
チケットカウンターで新一たちの後ろに並んでいた女子中学生らしき天使
が控えめに、一緒にいる人間の友人たちに後ろの方の席を提案していた。

新一が嬉しくない共感の溜息を吐くと、園子が呆れたように言った。

「新一君ってば、相変わらず映画嫌いねぇ」
「目が疲れるんだよ」

嘘は言っていない。

特に天使の白い羽は暗闇で目立つ。ちらちらと視界に映り込むそれが気に
なって、映画に集中できないのだ。



館内が暗くなり、次のシーズンに公開される映画のCMが流れ始める。
上映開始間もない上に週末であるせいかほぼ満席で、ところどころ羽が見
えるが、どれも小さいサイズのものばかりだ。
これなら大丈夫そうだとほっと安堵する。

本編が始まってすぐ、扉が開く音がした。
新一は何気なく、入ってきたばかりの二人組に目を向けて、そして、目を
見開いた。

二人組は慌ただしく――けれど音を立てないように――入ってきて、前の
方の席に座った。映画は始まっている。
だが新一は、その二人――正確にはそのうちの一人から、目を離せなかっ
た。

白い、大きな、羽。

照明の落ちた館内で、その人物の顔が見えるわけはない。だが、新一には
わかった。この羽を背に生やしているのは、あの少年だと。

残りの二時間、ストーリーはまともに頭に入ってこなかった。





「わり、俺ちょっと先出てるな」

エンドロールが流れ始めると、目元を押さえるふりをして、隣の幼馴染に
声をかけて席を立った。
心配そうについていこうかと言われたのを断って、まだ暗い館内を素早く
出た。

明るいところに出て、大きく息を吐く。まだ閑散とした廊下は解放的で、
伸びをするついでに羽も何度か揺らした。

廊下のベンチに座って、カップに残ったアイスコーヒーをずずずっとスト
ローで吸い上げる。あたりに誰もいないのを良いことに数メートル先のゴ
ミ箱に放り投げたところで、すぐ近くの扉が開いた。

「お、ナイッシュー」

ちょうどカップがゴミ箱に入るところを見られたようで、現れた人物が思
わずといったように呟く。

振り返った新一は、そこにいた少年に、再び目を見開いた。

「あ」
「え」

少年も、新一の顔を見て目を見開いている。

何故彼が自分を見て驚くのだろう。もしかして図書館での一瞬の邂逅を覚
えているのだろうかと思ったところで、少年は気まずげに笑った。

「えっと……じゃあ」

少年が踵を返そうとしたのを、新一は慌てて引き止めた。

「ちょっと待て!」
「……何?」
「あ、いや、その……」

何故引き止めたのか、明確な理由はない。
ただ、やっと近づけたこの白い羽の少年と離れるのが惜しく感じた。

答えられないでいると、訝しげな目を向けられて、新一はハッとした。
いつの間にか、彼の羽を見つめてしまっていたらしい。

羽はないものとして振る舞うのが地上における暗黙のルールだ。自分の背
後をまじまじと見つめられていい気はしないだろう。

「悪い……その。俺、工藤新一って言うんだけど」
「……知ってる。高校生探偵だろ?」

少年は不信感のこもった目はそのままに、ぶっきらぼうに答える。

「えと……よかったら、名前、教えてくれないか……?」
「何で?」
「え……」

問い返されて、新一は困った。
知らない人にいきなり名前を教えてくれと言われたら、気味が悪いだろう。
警戒されてもしかたがない。

「いや……悪い、変なこと言って。ただ、その……白い羽が、綺麗だった
から……」
「?!」

少年が息を呑んで身がまえたのが空気でわかった。
その反応に、もしかしてこの話題は地雷だったのかと新一は慌てた。中に
は羽がコンプレックスな人もいる。人間が体型や顔の造作をコンプレック
スに思うのと同じだ。

「あっ、悪い、今のは気にしな――」
「……黒羽快斗」
「え?」

一瞬で動揺を消し去った少年は、さきほどとは一変して、挑戦的な笑みを
浮かべていた。

「俺の名前は黒羽快斗。……また会おうぜ、名探偵」

そう言って今度こそ踵を返した少年。

我に返って呼び止めようとした瞬間、扉が開いて、わらわらと出てきた観
客が廊下を埋め尽くし、少年の姿はどこにも見つけることができなかった。

「……あれ?」

最後に少年が見せた気配。何だか、見知ったものだと感じたのは気のせい
だろうかと、新一は首を傾げた。



























2013/03/05