それは、ある日都内の図書館を訪れた時だった。
副業と関係なく、単純に、関心を覚えた分野についての文献を探しにきたのだ
った。
館内に人はまばらで、静まり返ったフロアをゆっくりとした足取りで進んでい
く。足音は絨毯に吸い込まれた。
ふと、本棚の間に眩い光を見た気がして、歩みを止める。
窓から差し込む陽の光を受けて、何かがキラキラと反射している。
(あ、天使だ……)
そこには、白く透ける大きな翼を背に生やした少年がいた。
天界と魔界が壮絶な戦争を経て敵対関係にあったのは今は昔のこと。
その後の幾度もの世代交代の末、現代の天使と堕天使、つまり悪魔はかつての
確執を忘れていた。そもそも2000年以上も前の出来事を引き摺っている者
などいないに等しい。
しかも、天界と魔界が断絶されているのならまだしも、地上に下りてきて、も
しくは上ってきて人間に交ざって生活をしている者も多い。
だから人間と、あるいは天使・悪魔同士で結婚して子供をつくるケースも多く、
必然的にその子供は、ハーフだったりクオーターだったり、天使なのか悪魔な
のか人間なのか、よくわからないことになる。
実際、種族間の違いなどあってないようなものだ。
昔は力がどうのとかあったようだが、今や羽があるかないか、その羽が白いか
黒いかの違いでしかない。
地上では何の力も持たないのは天使も悪魔も同じで、羽があるからと言って飛
べるわけでもない。
天使や悪魔だからと言って、不老不死でもない。
まあ、多少、普通の人間よりは丈夫で寿命も長めらしいが、それも人間界で不
自然でない程度だ。
少年の背にあったそれは、真珠のようなやわらかな輝きを放つ白い羽だった。
少年自身は黒い制服に全身を包んでいて、そのコントラストがさらに彼の存在
を鮮明に浮き上がらせていた。
これほど見事な羽を見かけるのは珍しいことで、新一は暫し、眩しそうに目を
細めてそれを見つめた。
羽は人間の目には見えない。
物質的なものではないので、それはしかたない。
時折、羽を生やした人を街中で見かけるが、地上で生活している者たちにはも
う慣れたもので、特別同族意識を感じることもない。
たまに、地上に旅行でやってきたような人には、天使悪魔問わず話しかけられ
たり目礼されたりすることはあるが。
新一の視線に気づいたのか、少年がふと顔を上げてこちらを見た。
ぱちりと目が合う。
思わず見惚れていたのが気恥ずかしくて、新一は曖昧な照れ笑いを見せてから
自然に顔を逸らして、その場を去った。
少年が呆気に取られたようにその後ろ姿を凝視していたとは知らずに。
2013/02/28
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