日付が変わった頃。

錆びついた鉄の扉を押しあけると、広がる夜景を前に仁王立ちする男
がいた。新一の足音に、ゆっくりと頭だけ振り返る。

「よぉ」
「何だよ、オメーもかよ」

辺りは暗くて表情はほとんど見えないが、にやりと笑った気配のした
男に、新一もにやりと笑い返した。

屋上の縁ぎりぎり立つ男の横に、数メートルあけて立つ。
ふと見ると、男の手には食べかけのソフトクリームがある。形からし
てコンビニではないだろうし、この夜更けにソフトクリームを買える
ところなんて限られる。
確か、ここからほど近いところに某ファストフード店があったはずだ。

「オメー、それマッ○の百円ソフト……」
「おう。そういう名探偵が持ってるのは……ビール?」

互いに呆れたように互いの手元を見る。

「まずいだろ未成年……」
「怪盗がマ○ク……」
「別にいいじゃん。ていうか元な、元」

プシュッとプルタブを開ける音が響く。

「何だかんだでもう二年経つんだな」
「俺も無事高校生のうちに怪盗を引退できたぜ」
「やっぱ同い年か……」

二年の間に、二人はそれぞれの戦いに決着をつけた。そして幼馴染と
の関係にも。

色々なことが変わった。

この屋上にも、いつの間にか転落防止用のフェンスがつけられている。

「名探偵も身長伸びてよかったなぁ」
「うるせー」

元怪盗の男との関係も変わった。睨み合い嘲笑し合う関係から、軽口
を叩き、時に背中を預け合うような関係へ。名前で呼び合うような親
しさはないが、そこには気安さが垣間見えた。

本当は、この男に対して好敵手以上の感情を抱いている。
だがそれを万が一にも口にすることは、この気安さを手放すことを意
味していた。
だから、新一は口を噤む。

「名探偵終電ないんじゃないの?」
「タクシー拾う」
「わー、リッチー」
「オメーは?」
「俺はバイク」

二人で階段を下りて、ホテルの前で向き合った。

「ま、何はともあれ、これからもよろしくな。何か名探偵とはこれか
らもどっかでかちあいそうな気がするわ」
「オメーが言うと本当にそうなりそうだからヤメロ」

うんざりした顔で言うと、元怪盗はくすくす笑って背を向けた。

「じゃ、またな」
「おう」





               ***





「新ちゃん、お見合いしましょう」
「わかった」




朝から突然、工藤邸に両親宛てのスーツケースが届き、それから間も
なく本人たちが現れた。
連絡なしに現れるのはいつものことで、今更そんなことにいちいち驚
いたりしない。

そしてコーヒーを飲みつつ朝刊を読んでいた新一に有希子が突拍子も
ないことを言っても、新一は慌てず驚かず、あくまで平静にコーヒー
を飲み続けていた。

何せ今日はエイプリルフールなのだ。
数時間前に怪盗と二年前の思い出を語り合ったばかりだというのに、
失念するはずもない。

この両親なら、それにかこつけて何かとんでもない悪戯を仕掛けてき
てもおかしくない。
だから今日は何があっても驚かないぞ、と新一は構えていた。

「それでね新ちゃん、お相手の方、とっても素敵な方なのよ〜」
「へぇ」
「まあ、あの子なら新一にも相応しいだろう。何と言ってもあいつの
子供だしな」
「ふぅん」

聞き流しつつも、父親までもが認める人物というのは少し興味がある。
何せ、滅多に他人を褒めたりしない人だ。

「ほら、新ちゃん、お支度するわよ!」
「ええー?」

面倒くさそうに顔を顰めると、強引に腕を引っ張って立ち上がらせら
れる。二階のウォークインクローゼットに連れて行かれるかと思いき
や、そのまま玄関に向かう有希子に、新一は嫌な予感に顔を引き攣ら
せた。

「まさか支度って……」
「せっかくのお見合いなんだから素敵なスーツを選びましょう。私が
見立ててあげるから」
「えー……」

きっと高級ブランド店に連れていかれて、有希子が気に入るものを見
つけるまで着せ替え人形にされるのだろう。
その光景を想像して、新一はうんざりした溜息を吐いた。



時刻は昼に差し掛かろうという頃。
予想違わず、新一は一着ウン十万のスーツに身を包み、両親とともに
タクシーに乗って見合いの会場へ向かっていた。

「でも意外だったわ」
「何が?」
「あっさりお見合いに頷いてくれたことよ。てっきり、蘭ちゃんのこ
とを考えて断るかと思ってたのに」
「ああ……」

どうせエイプリルフールのジョークだろ、という言葉は呑み込んで、
新一は言った。

「蘭とどうこうなる気はない。あいつは大切な幼馴染だ」

彼女に向けていた想いは、いや、それ以上の熱い想いは、今は別の人
物に向けられている。それを本人はおろか、誰かに打ち明けるつもり
はないが。
一生独り身で貫き通す覚悟を新一はすでに決めていた。探偵という危
険な職を生業とするなら、その方が好都合だ。


車はやがて大きなホテルの前で停まった。
優作と有希子に数歩遅れてついていくと、ホテルの中の高級レストラ
ンの個室に連れて行かれた。

そういえば、エイプリルフールとはいえ一応見合いをするというのに
相手の写真を見せてもらっていないな、と今更ながら思った新一は、
個室のドアが開けられた瞬間、その中ですでにテーブルについていた
人物を見て硬直した。

「はっ……?!」
「えっ……?!」

新一が目を見開くと同時に相手もぽかんと口を開けて間抜け面を晒し
た。

「有希ちゃ〜ん! 久しぶりねぇ!」
「いや〜ん、千影ちゃん、会いたかったわ〜!」
「優作さんも! お変わりないわねぇ」
「千影さんこそ、お元気そうで何より」
「……………」
「……………」

うふふ、あはは、と笑い声が飛び交う傍ら、引き攣った顔で気まずい
空気を漂わせる二人。
大体、つい数時間前に顔を合わせ言葉を交わしたばかりの相手だ。
気まずいを通り越して微妙すぎる。

「ほら、新一、挨拶しなさい」
「あ、あーと……はじめまして、工藤新一です……」
「え、っと……黒羽快斗、です」

黒羽快斗。
初めて聞く名前を心の中で反芻する。

正体は知らなくとも、素顔や素の雰囲気はそれとなく見ていたし、感
じていたからすぐにわかった。

だが、まさかこんな形で本名を知ることになろうとは思いもしなかっ
た。

「きゃー! 新一君綺麗になったわねー! こんな美人なお嫁さんが
来てくれるなら大歓迎だわ。快斗、頑張りなさいよ!」
「は、はあ……」
「快斗君こそ、いい男に成長して! 新一、絶対ゲットするのよ!」
「は、はあ……」

女子高生並みに高いテンションできゃあきゃあ騒ぐ母親たちと、完全
に置いてけぼりな当事者二人。

というか、男同士という点は問題ないのかと突っ込みを入れようとし
て思いとどまった。どうせエイプリルフールのネタなのだ。親たちは
どれだけ驚かせられるか勝負を挑んできている。それならば、こちら
も迎え撃とうではないか。


新一、有希子、優作と、快斗、千影が向かい合うように着席する。典
型的なお見合いの形式だ。
上品な料理が運ばれてきて、食事をしながら当たり障りのないことを
話す。

例えば。

「帝丹高校を卒業して、今年から東都大に入学します」
「あら、快斗も今年から東都大よ。同じキャンパスで過ごせるなんて
ちょうどいいわねぇ。学部はどこかしら?」
「……医学部です」

同じ大学かよマジかよ、と内心思いつつ答えると、今度は快斗も驚い
たように目を見開いた。
その反応にまさか、と思った途端、千影が満面の笑みで言った。

「学部まで同じなんて運命じゃないかしら!」

どういうことだよ?! と快斗を見ると、困ったような顔をされる。
反応を見る限り、本当に偶然だったようだ。

「それじゃあ、後は若い二人で……」
「そうね、上手くやるのよ、快斗」
「頑張るんだぞ、新一」
「……………」
「……………」

デザートと食後のコーヒーも済んだところで、二人を残して親たちは
退散していった。
途端に部屋の中が静まり返る。

「………………」
「……………あの」
「待て何も言うな」

口を開きかけた快斗を手で制す。
そして無言でジャケットを脱ぎ、襟の下からポケットからラベルの裏
まで丁寧に撫でて辿った。

「……オメーも」
「あ、ああ……」

同じように全身をくまなく調べ、部屋の中も細部まで漏らさぬように
調べていく。
思った通り、いくつかの黒い小型機器を探し出し、まとめて潰した。

「……これで全部か」
「しっかし名探偵の親もやることすげぇなあ。息子に盗聴器しかける
なんて」
「オメーの母親もな」

二人してぐったりと椅子に身を預けた。

「……つーかコーヒーに砂糖入れ過ぎだろ」
「あ、そこから突っ込む?」

他にも色々気になることはあるが、目下一番気になっていたのはそこ
だった。昨夜も思ったが、もしかしなくともものすごく甘党なのだろ
う。

「まさか探偵を怪盗とお見合いさせるとは……」

優作が「あいつの子供」と言っていたところからして、快斗の正体は
承知しているのだろう。

「やっぱ俺のことわかった?」
「俺を誰だと思ってる」

好きな相手の気配を間違えるわけない、という言葉は呑み込んだ。

「しっかし、まさか名探偵とお見合いなんて、さすがの俺様も予想外
だったぜ」
「どうせくだらないエイプリルフールジョークだろ」
「あー、やっぱ名探偵もそう思う?」
「どうせ俺がイベント事に疎いと思って遊んでるんだろうけど……」
「残念ながら、今日は俺と名探偵にとっちゃ忘れられない記念日だも
んな」

新一はちらりと快斗を見た。

「その『名探偵』ってのやめろよ」
「え? あーじゃあ、工藤、とか」

新一の無言の肯定を受けて、快斗は「工藤か、工藤ね」と何度か呟い
た。

「でも、まさか学部まで一緒とはなあ。工藤頭いいから、大学は同じ
だろうとは思ってたけど」
「何だよ。オメー医者になりてぇの?」
「まさか。もちろん世界一のマジシャンになるけどさ。知識はあった
方がいいと思って。工藤こそ、探偵になるんじゃないのかよ」
「もちろんだ。ただ、救える命は救いたい」
「ふぅん。じゃあ、本当にこれからもよろしく、だな」
「みてーだな」

背もたれに頭を預け、だらんと腕を降ろしている快斗が新一に目だけ
を向けてにやりと笑う。
その表情にドキッとしたのを、必死に無表情の下に隠した。

「んで、どうする?」
「そうだな……俺としては、このままやられっぱなしは悔しい」
「だよな」

快斗が悪戯を思いついた子供のように、瞳をきらきらさせて言う。

「いっそ結婚しちまう?」
「おいおい」
「もちろん、ふりでさ。気が合ったから結婚しますって言や、ちょっ
とは焦るんじゃね。まさか本当に男同士で結婚させようなんて思って
ないだろうし」
「なるほどな……」

少し考えて、新一も口の端を吊り上げた。

「あえて乗ってみるのも手か……うん、いいな」
「そうと決まったら、恋人らしく見えるようにしなきゃな」
「こ、恋人らしく?」

快斗の提案に新一はどきりとする。

「特に優作さんは手強そうだ。あまりあからさまなのも怪しまれるだ
ろうし……さりげなくボディタッチしたりアイコンタクトしたりって
方が、それっぽく見えるかも」
「お、おう、そうだな……」
「あとは……名前もだな」
「え?」
「新一」

不意に自分の名前を呼んだ声に、新一は息を呑んだ。

「ほら、新一も」

夜の色を宿す大きな瞳がまっすぐに見つめてきて、目を逸らすことが
できない。

「黒羽……」
「違うって」
「か、いと」

かさかさの声でかろうじて絞り出すように言う。
快斗は目を合わせたまま蕩けるような笑みを浮かべた。

「そうそう。そんな感じでもっと呼んで、な」
「……快斗」

いつのまにか、手を握られていた。
心地良い温かさを自覚した途端、顔に熱が集まる。

「ちょ、快、斗」
「何、新一」
「いや、あの……」

手、手! と叫びたいが、口はハクハクと意味のない動きをするだけ
だ。


その時、個室のドアが勢いよく開いた。

「新ちゃん! どう、上手くいった?!」
「快斗! ちゃんと口説けたの?!」
「「え゛」」

あまりの唐突さに思わずぽかんとする新一と快斗。
固まった二人の状態を見て、優作は軽く目を見開き、女性陣は黄色い
悲鳴を上げた。

「おや、もしかして邪魔してしまったかい」
「んもう、密室で二人きり、何してたのよ〜v 盗聴器ぜーんぶ外し
ちゃうんだから! ねぇ?」
「ねぇv」

((開き直りやがった!!))

二人の心の声が重なった。

「え、っと、その、俺たち、結構気が合うみたいでして……」
「あ、ああ! だから、母さんたちが勧めるなら、その、婚約……し
てもいいかな、って」
「本当?!」
「ああ」
「ありがとう! こんなバカ息子だけどよろしくね、新一君」
「い、いえ……」
「新一を頼んだよ、快斗君」
「は、はい……」

三人からの祝福を一身に受けながら、新一と快斗はこっそりと目で会
話した。

(おい……これでよかったんだよな?!)
(お、おう……計画通り、のはず……)


その後、あれよあれよという間に外国の婚姻届と、式場やウエディン
グドレスのカタログを用意され、自らの大きな計算違いに戸惑い翻弄
されることになる二人だったのだった。















その後の2人








大遅刻ですが邂逅記念です。
ずっと書きたいと思っていたお見合いネタをここで投入。

一応ここで終わりなんですが、続きが読みたいという方、挙手プリー
ズ!



2013/04/03