〜窓は玄関じゃありません〜
            










「はあぁ……疲れた」


事件解決して警視庁に寄ってそして家に帰ってきた時には、23時をとうに
回っていた。
静まり返った家の中をずるずると足を引き摺りながら、電気のスイッチをパ
チパチつけていく。

リビングの床に鞄をどさっと落とし、ソファの背にジャケットを掛けた。

帰宅してほっとしたからか、俄かに腹がすいてくる。というより、腹がすい
ていたのを思い出したというべきか。そういえば、事件の要請のために昼前
に学校を早退したから、昼食を食いっぱぐれたのだった。
いやそれよりも、朝食は例のごとくコーヒー一杯だけだったのだから、食べ
たという意味では昨日の夕飯が最後だ。

(……昨日の夕飯何食べたっけ。)

考えて、ちょっと待てよ、と新一は眉を寄せた。もちろん、手はすでに顎に
添えられている。

昨日の夜は、簡単にパスタを茹でようと思った時にちょうど、大阪の友人か
ら電話がかかってきたのだ。
常々タイミングの悪い男だとは思っていたが、相手に悪気があるわけではな
いし、大阪での事件の話を聞くのは好きだから長話に付き合っていたら、い
つの間にか夕飯時はとっくに過ぎていて、パスタを茹でるのすら面倒になっ
てしまったのだ。その時とりあえずと口にしたのは確か……食パン一枚。

ということは、最後に食事らしい食事をしたのは、昨日の昼、購買で買った
おにぎり2つ(さけといくら)ということになる。育ち盛りの男子高校生の
食事として、それが十分と言えるかどうかはさておき。

新一はぐったりとソファに身を預けた。
いくらなんでもこれはひどい。食欲が後回しになってしまいがちな新一だが、
これでは隣家の少女に体調管理について口うるさく説教されて当然ではない
か。

意識したらものすごく腹がすいてきた。元々薄い腹が、ぺったんこになって
るんじゃないかというくらい、腹がすいてきた。そして当然ながら、空腹も
度がすぎるとひどい苦痛となるのだ。
もう、何かを作る気力すらない。

こうして人は餓死していくのだなと、新一はぼんやりと思った。
高い天井を見上げる。
小ぶりのシャンデリアが吊るしてあるだけだ。もちろん、温かい食事が出て
くるわけはない。

「あー。小人さんいねーかな」

隣家の少女が聞いたら絶句して可哀そうなものを見るような目をしたのだろ
うが、生憎と彼女は研究に勤しんでいた。



とその時。

どこからか、良い匂いが漂ってくる。

「……何だ?」

新一の探偵として鋭い鼻はすぐさま反応して、その香ばしい匂いを吸いこむ。
新一は天井を仰いだまま、すんすんと鼻を引くつかせ、そしてこてんと首を
傾げた。

窓は閉め切っているから、隣家の食事の匂いが漂ってくるわけはない。
というか、こんな夜更けに料理をしている家なんてないだろう。

新一はゆらりと立ち上がり、覚束ない足取りで匂いの元を探った。

リビングを出て、向かうはダイニングの方だ。
扉の向こうから、明かりが漏れている。

「……誰かいるのか?」

扉を開けると、そこには―――。


「お邪魔してます! てへっ☆」
「………………」

自分そっくりの少年がダイニングテーブルに着き、食事をしていた。

色々と聞きたいこと、というか、聞かなければならないことはあった。
だがそれよりも何よりも、今は優先すべきことがあった。

新一はふらふらとテーブルに近づき、少年の向かいの席に座った。

「俺にも食わせろ………」
「……あり?」

予想外の反応だったのか、少年が驚いたように目を見開く。
彼が瞼をパチパチさせているのを見て、新一はしびれを切らした。

「フォーク、出せ」
「ほい」

どこからともなくフォークが現れ、差し出される。
新一は無言でそれを受け取ると、タッパーの中身に突き刺した。

一口食べて、今度は新一が目を見開く。

「うまっっ!!」
「おー。お口に合いましたか」
「これオメーが作ったのか?」
「まあねー」

少し得意げに答える少年をちらっと見て、もくもくと食べ続ける。

彼が持ってきたいくつかのタッパーの中には、白米やサラダ、汁ものまであ
って、結局二人は、6つのタッパーすべてを空にした。

「食った………ご馳走様でした」
「お粗末様でした。いやあ、それにしても名探偵、よく食ったねぇ。もしか
して最近ちゃんと食べてなかったのか?」
「まあな……」

彼に自分の食事情を知られるのは何となく恥ずかしくて、新一は軽く眉を寄
せた。

「っていうかオメーは何でうちにいたんだよ」
「え、今更?」

全然聞かないからどうでもいいのかと思った、と言う少年に、新一はアホか、
と呆れてみせる。

「怪盗が何で探偵の家で、しかも料理持参で食事してんだよ」
「あ、俺のことはわかってたんだ?」
「じゃなきゃそもそも食ってねーっつの」

どんなに空腹で死にそうでも、突然自宅に現れた見ず知らずの不審人物の差
し出すものを口にするわけがない。探偵として、それくらいの警戒心はある。

新一の言葉に、少年は驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。
その顔に、不覚にも少しドキッとする。

「今、母さんが旅行でしばらく家開けててさ。料理はこの通り問題ないんだ
けど、せっかく作っても一人だと味気ないだろ? だから、どうせなら名探
偵と食べようと思ったんだ。だけど名探偵まだ帰ってなかったみたいだから
先食べてた」
「何でこんな時間に来てんだよ」
「俺も仕事帰りだったから」
「ああ……」

納得してから、脱力した。

というか何故そこで友達でもない(というか素顔では知り合いですらない)探
偵の家に来ようと思うのか、その思考回路はよくわからなかったが、新一に
とっては、それよりも重大な情報があった。

「ということはオメー、しばらく一人なんだな」

新一がふむ、と手を顎に添える。

目の前で怪盗が、「あ、いつものポーズ出た」とか「母親と二人暮らしって
情報はどうでもいいんだ……」とかぶつぶつ言っていたが、今の新一の耳に
は入っていない。

数秒の後、うむと一つ頷いて新一は言った。

「ならオメー、母親が帰ってくるまでここに泊まれよ」

そして俺の食事も作ってくれ。
さらりと言われた言葉に、怪盗は軽く頷きかけて止まった。

「……え。ええっ?!! いいの?!!」

下心がまったくなかったと言えば嘘になるが、ここまであっさりと受け入れ
てもらえるとは思っていなかった怪盗だった。
9割方蹴り出されるだろうと思っていたのだ。

「まあほら。俺もお前の料理結構気に入ったし」

こちらは別の意味で下心しかないが。
部屋はいくらでも余っているし、一つ貸すくらい、痛くもかゆくもない。そ
れで美味しい食事が毎日食べられるというのなら、安いものだ。

「それじゃあ……よろしくお願いします!」
「おう。ってか名前。何か呼びやすいのでいいから」
「黒羽快斗。江古田高校2年です!」
「……いいのかよ本名………」


こうして一人の少年が工藤邸に居つくこととなったのだが、彼の母親が旅行
から帰ってきた後も彼が去ることはなく、結局そのまま同居することになる
のは、これから少し先の話。








「つーかオメー、どっから入ってきたんだよ」
「もちろん窓!」














お題配布元:ブルーメリー


餌付けされた工藤さん。




2013/01/15