―――――迷子のお呼び出しです。―――――










黒羽は大学に入ってから知り合った友人だ。

学部は違うが、お互い何かと目立つ人間同士、周りに引き合わせられる形で出会っ
てから、何やかやで一番仲の良い友人だ。少なくとも俺はそう思っている。
黒羽は愛想は良いくせしてあまり人と深い付き合いはしなさそうな男だが、何故か
俺の家には入り浸っているし、構ってほしいオーラを時々出してくるから、その認
識は間違ってないんだろう。

春から上京してきた友人や隣家の少女とも俺が知らぬ間に親交を深めていて、何を
言ったか知らないが大層気に入られている。

つい先日も黒羽がうちに泊まっていった日の翌朝、俺がパジャマのまま一階に下り
ていくと、黒羽と灰原が話していた。その時の灰原の穏やかな表情を見た時はあま
りに驚いて(そして何だか二人の間に入れない気がして)、しばらく立ち尽くして
しまった。

黒羽がうちに来ている間何をするかと言うと、特に別段何かをするわけではなくて、
俺は俺で好きに過ごすし、黒羽もマジックの練習をしたり何か新しい小道具を自作
したり、道具の手入れをしたりと好きにしている。
本を読みながら、時折、そうやって無心に作業をしている黒羽の背中を眺めたりす
るのも実は嫌いじゃない。

黒羽の背中を眺めるようになったきっかけは、そういえばあいつに勝手に俺の携帯
の待ち受けをあいつのキメ顔の写メにされて、あいつ専用の着メロを某怪盗アニメ
のテーマ曲(アレンジver.)に設定されて以来、色々といたずらされないように見
張ろうとしたことだったように思う。

ちらちら背中を見ているうちに、見張るつもりがなくとも何となく見るようになっ
ていた。

ちなみに待ち受けと着メロは変えるのが面倒でそのままにしていたら、偶然それを
見た服部は一瞬ドン引いた後、何かを察したように納得した顔で頷いていた。


まあこんなどうでもいいことを長々と思い出しているのは単に現実逃避と暇つぶし
を兼ねたようなもので、今俺は両手両足を縛られて床に転がっている。

要するに誘拐拉致監禁といったところだ。

どういった経緯で俺が誘拐され手足の自由を奪われこの使われていないビルの一室
に転がされているのかは、腹が立つので思い出したくない。


思わず溜息を吐きそうになったのを堪える。

目の前には俺を誘拐した男二人が立って俺を見下ろしているのだ。
様子を窺う限りじゃ、奴らは誰かに雇われたらしく、依頼した主謀犯がこれからこ
こにやってくるのを待っている。

さて、先日逮捕した密輸組織の残党か、以前解決した事件の関係者か、俺のストー
カーか(前にこんなことがあった、不本意ながら)、はたまた俺に嫉妬した黒羽の
ファンかもしれない(何せあいつは男としてもマジシャンとしても人気者だ)なん
て呑気に考えていられるのは、俺が拉致されたということがおそらく警察にはもう
伝わっているからだ。

この素人に毛が生えたような誘拐犯は、うかつにも俺の携帯を取り上げることを忘
れていて(もっとも胸ポケットに入れていた一台は取り上げられていて、犯人たち
は俺が二台持ちしている可能性を見落としていただけなのだが)、俺はここで意識
を取り戻した時に真っ先に、後ろ手に縛られた手で尻ポケットに入っていた携帯を
操作して電話をかけていた。

さすがに見えない状態でアドレス帳を探るのは無理だったが、短縮1番に目暮警部
を登録していて良かった。
通話中の状態で放置すれば俺に何かあったということは明白だし、誘拐犯たちの会
話も多少は聞こえていたはずだ。俺に何か会った時には隣家に連絡を入れるように
言ってあるから、今頃灰原が携帯の発信機をチェックしてこの場所を特定している
頃だろう。


なんてのんびり考えていたら、ガチャリと部屋のドアが相手男が一人入ってきた。
誘拐犯たちの反応から察するに、こいつが依頼主なんだろう。顔に見覚えはないが、
雰囲気的にどうやら今回の敵は先日解決した事件の加害者家族だったようだ。

半ば本気で黒羽のファンの女性だったらどうしようと考えていたから、変な話ちょっ
と安心した。

男が近寄ってくる。俺のことを蔑むように見下ろしながらも、その目は喜色に輝い
ている。男は俺の前にしゃがみこむと、手を伸ばして頬に触れてきた。

……あれ、間違えたかもしれない。もしかして俺のストーカーだったかと嫌な予感
がしてきた時だった。


ドガバターン。


何だか激しい破壊音が聞こえて、今しがた男が入ってきた扉が吹っ飛んだ。

あれ、意外に早かったなとか、警察にしては突入が派手すぎやしないかとか、考え
ているうちに、ドアの破壊によってもうもうと舞い上がった室内の埃の中から、見
覚えのありすぎる特徴的なシルエットが浮かび上がった。

「か、怪盗キッド?!」

お約束な反応で、突然の闖入者に固まっていた犯人たちが声を上げる。

「名探偵は返してもらうぜ」

そう言って鋭い目でトランプ銃を構えるヤツには、敬語で気障な雰囲気はどこにも
なく、取り繕う気もないくらい怒っているのがわかる。

そうして俺が一言も発する間もなくキッドは犯人たちを気絶させると、どこからと
もなく取り出したロープでぐるぐる巻きにした。

そしてその一部始終を呆気に取られて眺めていた俺の元にやってくると、手足の縄
を解き、ようやく上半身を埃っぽい床から起き上がらせた俺の顔を心配そうに覗き
こんだ。というか近い。顔が丸見えだ。

それから奴は俺を抱きしめた。それも結構強く。

「おいおい」
「新一……待たせてごめん」

苦しいとか、何て顔してんだとか、何で警察じゃなくてオメーが来てんだとか、何
でキッドの格好なんだとか、つーかそもそも俺に怪盗キッド=黒羽快斗ってバラし
ていいのかとか(いや知ってたけども)、色々言いたいことはあったけれど、とり
あえず今は、縄も解けたことだし、

「……サンキュ」

この男を抱きしめ返すことにした。




                   ***





「つーかオメー、何で俺が誘拐されたってわかったんだ? 一課でも盗聴してたの
か?」

そう尋ねると、黒羽は呆れたような驚いたような顔をしてみせた。

「工藤が電話してきたんじゃん」
「は?」

携帯の発信履歴を見てみる。

事件のあった時間帯のところには、確かに「黒羽快斗」の名前がある。

「は? え? だって短縮……」

あの時、自分は短縮の1番にかけたはずで。

「……まさかオメー」
「短縮の1番はやっぱ一番大事な人の番号を登録しておくべきだと」
「勝手に設定変えんじゃねーよ!」

改めて設定を確認してみると、1番は黒羽、2番と3番はそのまま博士と灰原、そ
して目暮警部は4番に格下げされていた。

「オメーな……」
「いいじゃねーか。緊急時にコンタクトすべき順番だろ」
「警察よりも泥棒が上かよ」
「実際、警察より有能だぜ」
「……まあ、確かにな」

俺に怪盗キッドの正体がバレたことについては、どうでもいいらしい。
あれからも特に何も言われてないが、まあそれについては俺自身、とっくに知って
たから今更何を言うでもない。

そのくせ、時々ちらりと不安そうな色を浮かべるのだがら、本当に馬鹿な男だ。

「……そう言うからにはオメー、自分の携帯の短縮1番は俺なんだろうな」
「え?」
「しゃあねーから、オメーを1番にしといてやるよ」
「!」

黒羽は目を見開いた後、突進するように俺に抱きついてきた。

こんな遠回しないたずらでしか、俺の一番大事な奴になりたいと言えない愛しくも
馬鹿な男の腕に、今だけは身を任せてやることにした。









お題配布元:ブルーメリー




短縮って使ったことないけど素敵な機能だと思う…。






2012/09/26