「お」

買い物帰り、今日の夕食後のデザートは何味のアイスにしようか悩みな
がら歩いていると、百メートル先の阿笠邸の前に二つの人影を見つけて、
快斗は咄嗟に横道に逸れた。

「……ってなんで俺隠れてんだろ」

今でも視力2.0は健在だ。
二人とも知っている人物であることはわかっていたが、何というか、動
物なみの勘のようなもので、今の二人には遭遇しない方が良いような気
がしたのだ。動物というか、男の勘といった方がいいかもしれない。

「哀ちゃんと光彦、だったよな」

塀の影からそっと様子を窺う。一見したら怪しい男だが、そこはそう見
せないのが怪盗の腕の見せどころ。元だが。

光彦はすぐに去っていって、哀が見送る。

その背に快斗が近づいていくと、買い物袋の音に気づいた哀が振り返っ
た。

「あら、買い物帰り?」
「うん。……ねぇ、今の光彦だよね?」
「そうよ」
「ふぅん……」

曖昧に相槌を打つと、哀が訝しげに快斗を見た。

「どうかしたの?」
「いや、何ていうか……哀ちゃんももう中学生だもんねぇ」

そっかそっかと一人納得している快斗に、哀が眉を顰める。

「……どういう意味?」
「俺は応援するよ。光彦はいい奴だし、あいつになら哀ちゃんを任せら
れるよ」
「はぁ?」

哀はあからさまに顔を顰めたが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。

「……クッキーごちそうさま。美味しかったわ」
「いえいえ。あ、今度光彦が来る時教えてくれたら、また作るよ」
「あのね……」

呆れる哀に、快斗は少しにやにやして言った。

「けど、哀ちゃんの時は大変だろうなぁ」
「え?」

快斗の視線が工藤邸に向けられる。

「博士もたいがい過保護だけど、それに加えて手強い小舅がいるからね」
「小舅?」

誰を差しているかは明白なのだが、ピンと来なくて哀は首を傾げる。

「新一はあれで哀ちゃんのことかなり大切にしてるからね」
「……それは知ってるけど」

しかしだからと言って、あの男が哀の恋愛事情に首を突っ込みたがるだ
ろうか、と哀は懐疑的だ。

快斗はそんな哀に苦笑する。

「蘭ちゃんに彼氏ができた時もちょっと荒れてさぁ。態度には出さない
ようにしてたみたいだけど」
「あら、そうなの?」

大学時代、蘭に彼氏を紹介すると言われた時、会うまでの数日間は快斗
も呆れるほどに新一はピリピリしていた。態度ではなく、纏う空気がだ。

大体、親に彼氏を紹介する前段階としてまず新一に会わせるのだから、
蘭の中での新一の位置付けもわかるというものだが、それにしても、新
一に恋人がいるとあらかじめ蘭が告げていなければ、彼氏が勘違いして
もおかしくない状況だった。

その彼氏は年上だったこともあって相当できた人だったらしく、新一も
「あの人なら大丈夫だ」と納得したようだ。

しかし、新一にとって姉のような存在である蘭の時にこうなのだから、
妹のような存在である(なんて本人に知られたら怒りを買いそうだが)
哀の時には、一体どんな反応をするのだろうと考えると、今から疲れそ
うだ。

「まあ、新一にはしばらく内緒にしとくからさ」
「別に内緒にするような関係じゃないわよ」

不機嫌そうに言って、哀は家の中に入っていった。




              

その夜。
リビングで寛ぎながらストロベリーアイスクリームを食べている時、快
斗はふと夕方の哀とのやり取りを思い出した。

「なぁ新一」
「んー?」
「哀ちゃんに彼氏ができたらどうする?」
「……は?」

経済誌をパラパラとめくっていた新一が固まった。

「……あいつ、彼氏できたのか?」
「いやいや、仮定の話。……でも、ふぅん、やっぱりねぇ」
「何だよ?」
「哀ちゃんの彼氏は新一みたいな小舅がいて大変だな、と」
「小舅って何だよ……」

おーコワ、と冗談めかしていう快斗に、新一は呆れたように雑誌を閉じ
る。しっかり聞く体勢だ。

「新一のお眼鏡にかなうような男ってなかなかいないもんなぁ」

本人含めレベルの高い人種にばかり囲まれて生きてきたせいで、新一の
理想は無自覚に高い。

すると新一は何故かじっと快斗を見つめた。

「……灰原が光彦といるところでも見たのか?」
「えっ?」

どんぴしゃりな言葉に、思わず動揺が顔に出る。

「やっぱりな」
「……知ってたのか?」

快斗が恐る恐る尋ねると、新一は再び雑誌を開きながら言った。

「光彦がずっと灰原に片想いしてたのは知ってたし、灰原も満更じゃな
さそうだったからな」
「へ、ぇ」

光彦の純粋な恋情はバレバレだが、哀の方は意外だった。
というより、哀が自分たち以外の誰かに心を許すということ自体が、意
外に思えたのかもしれない。誰にも言えない、過去の秘密ゆえに。

「あいつも前に進んでんだよ」

そう言った新一の顔は穏やかで、快斗は悟った。

蘭の時のように、哀に彼氏を紹介される時も、きっと新一は不機嫌にな
るだろう。だがそれ以上に、きっと誰よりも、彼女たちの前にすべてを
預けられる誰かが現れることを望んでいるのだ。

「それにしても、」

新一が口元に少し笑みを浮かべる。

「オメーも無自覚だよなぁ」
「へ?」

アイスのスプーンを口に突っ込んだまま、首を傾げる。

「過保護な小舅は俺だけじゃねーだろ?」

新一の言葉を頭の中で反芻する。

「……え、それって、俺もってこと?」
「ほかに誰がいんだよ」
「ええー? そうかなー?」
「そうなんだよ。もし今日見かけた相手が光彦じゃなかったら、オメー
今頃どうしてた?」
「え? そりゃその男のこと調べ……あ」

その異常性に今更ながら気づく。言葉にはしなかったが、もしかしたら
盗聴くらいしたかもしれない。

自分が元怪盗なんて代物だったり、近くに探偵なんかがいたりすると、
どうにも常識が狂って困る。

「ほらな? 大体、オメーは灰原に甘すぎんだよ」
「新一に言われたくないですー」

拗ねたように言って、顔を見合わせ、二人して小さく噴き出す。
こんな会話をしているなんて哀に知られたら、また呆れられるのだろう
なと思って、くすくす笑い合った。
















実際哀ちゃんに彼氏ができたら、快新は大騒ぎだろうなぁと。




2013/01/20