「貴大」

真田がロッカールームのベンチに俯き加減で座っていると、誰もいないと
思っていたのに声をかけられた。

「……比護さん」


真田にとっては悪夢のようだった試合が終わり、警察からの連絡を待って、
監督からチームに爆弾のことが明かされた。
11か所のスタジアムに仕掛けられた爆弾のこと、その解除方法。そして、
真田が解除役のストライカーとして、フィールド上、たった一人で戦って
いたこと。

監督やチームメイトからは賞讃と労いの言葉をもらった。


ゲームが終わってからだいぶ時間が経っているが、余韻から抜けきれなく
て、真田は一人ロッカールームに残っていた。

ついさっきまで選手たちで溢れ返っていた狭い部屋には、まだ泥と汗の匂
いが残っている。真田はこの匂いが結構好きだったが、今は神経が高ぶっ
ていて、嫌に癇に障った。

「貴大、どうした?」

遅いから心配で見に来たのだろうか。この先輩はとにかく面倒見がいい。
彼のポジションを狙っている真田には、特に。

「いえ、ちょっと疲れただけっすよ」
「今日のお前は本当に凄かった。急に何万人もの人の命を背負わされて、
でもそのプレッシャーの中で、お前はちゃんとクロスバーにボールを当て
た」
「へへっ、そりゃああの時は比護さんの代わりに俺がエースストライカー
やったんですもん。ばっちり決めたろ思て試合に臨みましたよ」
「貴大、」
「つーか、やっぱもう俺でええんやないですかね、ビッグのエースストラ
イカー。今回の俺の大活躍ぶり見て、監督も考え直さへんかなー、なん、
て……」
「…………」

しだいに俯いた真田の隣に、比護が腰掛けた。

「……大丈夫か」
「っ……」

真田はぎゅっと唇を噛み締めた。それでもまだ、震えは止まらなかった。

「……怖かったんです」

不意に、真田は呟くように言った。

「監督に爆弾のこと言われて。でも比護さん怪我でおらんくて。俺しか…
…俺にしかできんかった。監督はええ言うてたけど、俺が逃げたら、っ、
みんなの命がっ……」
「貴大、」
「一回目ぎりぎり当たって、でも電光掲示板に解除の合図が出んくて……
試合終了直前で、もう駄目かと思って、でも何とか二回目当てて……でも
合図なくて……もうわけわからんかったわ……たぶん俺、めっちゃ情けな
い顔してたと思います」
「貴大……」
「……はは、あかん、まだ震えが止まらへん」

両手に顔を埋めた真田を、優しく抱きしめる腕があった。

「比護さん……?」
「すまなかった」
「え?」
「俺があんなタイミングで怪我しちまったから、貴大に負わせなくていい
ものを負わせちまった」
「なっ! 比護さんが悪いわけやないっ」

慌てた真田を宥めるように、比護は回した腕に力を込めた。

「わかってる。悪いのは爆弾犯だ。それでも、貴大にこんな重荷を肩代わ
りさせちまうなんて、駄目な先輩だな、俺は」
「比護さん……」

頭を比護の肩にのせるように引き寄せられる。髪を梳く手つきが優しくて、
真田は不覚にも少し泣きそうになった。




「…………って、何やってんすか比護さん?! ごっつ恥ずかしいんやけ
ど!!」

気が緩んで落ち着いたところでハッと我に返って、真田は慌てて比護の腕
の中から抜け出した。

「何だ、もっと泣いててよかったのに」
「泣いてませんって!!」

ようやくいつもの調子を取り戻した真田に、比護はふっと笑うとベンチか
ら立ち上がった。

「さて、バスに行くぞ。みんなも待ってる」
「はい……」
「そうだ、貴大」
「え?」

深くため息を吐いて俯いていた真田は、突然近づいてきた比護の顔に、動
くことができなかった。


ちゅ



「?!!!」


一瞬だけ、頬に触れた湿った感触。
耳元をくすぐった髪の毛。

「なっ、なっ、なっ……!!」

頬を押さえて、驚きにまともな言葉が出てこない真田に、比護は「可愛い
な」と呟いて笑った。

「今日人一倍頑張った貴大に、いいことがあるおまじないだ」
「なっ、おまじないって、え、」
「ほら、行くぞー」
「比護さんっ!!」


















2012/7/09






事件の余韻なんて吹っ飛ぶ、キス。
でも頬なのは、比護さんより私が照れたから;