「でも、どうして犯人の潜伏場所がわかったんだ?」

移動中の車の中。
新一が誘拐事件の捜査を依頼されていたことを聞いた快斗は不思議そうに尋
ねた。

「犯人がブラン邸を監視してるってわかった時点で、ある程度絞れた。灰原
が犯人の電話の基地局も調べてくれたからな。建物の高さ、角度……ブラン
邸の玄関を見張れる部屋は、そんなに多くねーよ」
「でも、さすがにそれだけじゃ……」
「ああ。だが、この季節のこの時間帯にカーテンを閉め切ってる部屋はそう
はない。北側に面しているブラン邸の玄関を見張る窓は南側だろうしな。ま
あ、極めつけは、ドアの前に残っていた痕、だな」
「痕?」
「何かを引きずったような痕が微かだが残っていた。おそらくオメーを引き
ずった痕だ。子供だけなら抱きあげられるが、オメーくらいの男一人を抱き
上げるのは骨だし、かと言っておぶったりしたら、もし途中でオメーが意識
を取り戻した時には真っ先に首を晒すことになる。オメーを連れ去れるほど
の奴――つまりプロなら、そんなミスしねぇよ。……埃っぽいアパートだっ
たのが幸いしたな」

新一がつらつらと説明すると、快斗は複雑そうな表情を浮かべた。

「でもさ、俺が捕まってたって、どうして知ってたんだよ」

2人は昨夜、喧嘩してそれっきり話してもいなかったのだ。
すると、今度は新一が複雑そうな表情を浮かべて、ポケットから拾ったスト
ラップを取り出した。快斗の前に突き出す。

「……これって」
「路地に落ちてた。……結局、オメーのおかげで事件を解決できたようなも
んなのかもな」
「えっ。いや、そんなことは……」

2人の間に気まずげな沈黙が落ちる。
すると、助手席に座っていた哀が2人を振り返った。

「本当、見せてあげたかったわ。あなたのストラップを見つけた時の工藤君
の顔」
「え?」
「おい、灰原っ」

何を言うのかと慌てる新一を無視して、哀はクスリと笑った。

「その後の彼、ちょっと凄かったのよ。推理に必死で、私の声も聞こえてな
かったくらいだもの」
「へ、ぇ……」

それはちょっと、いやものすごく、嬉しいかもしれない。
何だかむずがゆくて、落ち着かない。
どう反応したら良いのかわからなくて歪な笑みを浮かべてしまった快斗に、
新一は照れ隠しに顔を顰めて、そっぽを向いた。




ブラン氏の家の前には警察の車が停まっていて、逮捕されたもう一人の誘拐
犯が連行されるところだった。

「あっ、あの男……」

誘拐の実行犯だ、と言った快斗に、新一が説明する。

「ブラン夫人の同僚だ。夫人がエミール君にバングルの隠し場所を教えたこ
とを、つい溢してしまったらしい」
「それで、エミールを誘拐して隠し場所を聞き出して、盗みに入ろうとして
たわけか」
「ああ。普段自宅で仕事をしているブラン氏を遠ざけるために身代金を持っ
て来させて、その間に探し出すつもりだったんだろうな。だから要求金額が、
ブラン氏なら短時間で用意できる額だったんだ」

強引に押し入らなかったのは、前に一度失敗しているからだ。アパートにい
た男女は、ブラン氏が以前入られたと言っていた空き巣の犯人だった。彼ら
が夫人の同僚を唆したのか、同僚の方が彼らに話を持ちかけたのか……すべ
ては今後の事情聴取で明らかになるだろう。

家の中に入ると、リビングにブラン氏と優作がいた。

「パパ!」
「エミール!!」

駆け寄る息子を抱きしめる父親。
それを微笑ましげに眺めていると、優作が近寄ってきた。

「間にあったようだね」
「ああ。悪かったな、ブラン氏の方を任せて」

誘拐犯の潜伏先に乗り込むことを優先させた新一は、ブラン邸に忍び込もう
としていた方の犯人を優作とパリ市警に任せたのだった。

「構わないよ。有希子と千影さんには寺井さんがついてくれているしね」

今の新一には、まだパリ市警を電話一つで動かすだけのコネクションはない。
だが、今回の件で確実に、名前を売ることはできただろう。
優作がそこまで見越していたのかもしれないと考えると、素直に喜べないが。

「さて、快斗君」

向き直った優作に、快斗は背筋を伸ばした。
優作の底知れない目は優しげなようで鋭く、快斗を値踏みするようにひたと
見つめた。

「私は旅行中、新一を危険なことに巻き込むなと言ったね」
「父さん! 今更何言って――」
「お前は黙っていなさい」

静かな、だが有無を言わさない声で優作は新一を黙らせた。その視線は快斗
に固定されたままだ。
快斗は、それを真剣な表情で受け止める。

「……優作さん」
「何だい?」
「俺は昨日、新一に危険を近づけさせないと言いました。新一のことは俺が
守る、とも」
「そうだね」

快斗は息を吸った。

「すみません! 無理でしたっ! というか事件吸引機の新一が事件に巻き
込まれないとか、そんなの俺の力でどうこうできるもんじゃないし、不可抗
力というか、むしろ巻き込まれてるの俺だし……それに、事件解決に命かけ
る新一もカッコよくて好きだし……とにかく、この人を危険から遠ざけると
か無理です!」
「か、快斗……?」

一気に捲し立てた快斗に、新一が驚いて瞬く。

「それに、今回も助けられたのは俺の方で……思い返してみれば、独りよが
りな行動する俺をいつも肝心なところで守ってくれてたのは新一で。俺が新
一を守るなんて傲慢でした。新一が大切すぎて、いつのまにか、ちゃんと新
一自身と向き合えてませんでした。……新一、本当にごめん」
「え、いや……」

急に頭を下げられて新一は戸惑った。

「その……俺も、事件となると周り見えなくなるし、快斗がフォローしてく
れなかったら結構危なかったこともあるし……無意識に、快斗がいるなら無
茶しても平気かなって思っちまってるし……だから、別に、いい」
「新一……」

ぶっきらぼうに言った新一に、快斗は嬉しさを噛み締めるようにはにかんだ。
それから、再び優作に向く。

「約束破ってすみません。でも、俺には新一が必要なんです。だから、俺た
ちが一緒に生きていくことを許してください」

今度は優作に深々と頭を下げた快斗に、新一もハッとして一緒に頭を下げた。
これは2人のことなのだ。

「俺も同じ気持ちだ。お願いします」

2人の青年に頭を下げられている優作は、どうしたものかと考える素振りを
した。その目は少し楽しげだが。

「……2人とも。顔を上げなさい」

と自分で言ったものの、顔を上げた2人を少し残念に思う。何と言ってもこ
の反抗的な息子に頭を下げられるなど、人生の中で一回あるかないかだ。

「快斗君。もうわかっているだろうが、新一は確かに一人で突っ走って周り
が見えなくなるようなどうしようもない息子でも、黙って君に守られるよう
な性質じゃない。新一に、残される者の悲しみを味わわせるというのなら、
君に息子はやれない」
「……はい」

快斗の固い決意を宿した目を見つめて、優作はふっと微笑んだ。

「まあしかし、君たちが自分の幸せのために決めたことを、私がどうこう言
うことはできないよ。……快斗君、盗一もきっと、喜んでいるはずだ。何と
言っても、私の一人息子をもらうんだからね」
「はい……!」

優作の言葉に、力強く頷く。
快斗はそっと手を動かし、身体の後ろで新一の手を握った。握り返してく
る温もりに言い知れない幸福感が漲る。


「工藤さん」

息子との抱擁を解いたブラン氏が近づいてきた。

「本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げればいいのか……」
「いえ、お礼なんて……今回は僕の個人的な事情もありましたし」

新一は快斗をちらりと見た。
快斗が誘拐事件に関わっているとわかった時点で、新一はただの依頼の範疇
を越えて、個人的な思惑で動いていた。だから報酬をもらうわけにはいかな
い。

だが、何か礼をしなければ気が済まないと渋るブラン氏に、新一はふと思い
出したように言った。

「それでは、一つお願いがあるのですが」




                ***




ホテルの部屋に戻ると、新一はぐったりとベッドに倒れ込んだ。

「あー疲れた。まさかパリに来てまで事件に遭遇するとは思わなかったぜ」
「そ? 俺は予想してたけどね……」
「あんだよ。今回先に首突っ込んだのはオメーだろ? 俺に隠しごとたぁ、
いい度胸だ」

すぐ隣に腰掛けた快斗を、新一が見上げるように睨む。

「それは悪かったって。これからは、無駄に遠ざけようとなんてしないから」
「たりめーだ。……あの時誓ったろ。死ぬ時は一緒だって」
「……うん」
「次は、ねーからな」
「うん」

快斗は至上の幸福を手に入れたかのように微笑んだ。けれどそれは今にも泣
きだしそうな表情にも見えて、過ぎる幸せは人を泣かせるんだ、と新一は漠
然と思った。

「新一」

快斗が新一に覆いかぶさるように倒れ込んできた。

「重い」
「いいじゃん。……新一」
「何だよ」

ぶっきらぼうに言い放ったつもりが、思いのほか優しく響いて新一は内心焦
った。そんな新一の可愛い焦りに気づいているのか、快斗は新一の肩口に顔
を埋めたままくすくすと笑う。
くすぐったくて身じろぎすると、いつの間にか回されていた腕が新一の身体
をさらにぎゅっと抱きしめた。

「新一。俺、今すっごく、新一を抱きたい気分」
「なっ……」
「ダメ?」

耳元で囁かれて、新一は体温が急激に上がったように感じた。

「ダメ……じゃ、ない」

そう言った途端に首筋に降ってきたキスに、目を閉じる。

「新一、ありがとな」

一枚一枚、ゆっくりと服を脱がしながら、快斗が言う。
問うように見上げると、答えの前にまた唇が降りてきた。

「ブランさんのバングル」
「……ああ」

礼の代わりに一目、本物を見せてくれないかと新一が頼んだのだ。王政の終
焉を予感させたティアドロップ型のダイヤモンドが填め込まれたバングルを。

「俺も見てみたかったし。んで、満足か?」
「ああ。でもやっぱり、俺にとっては新一の涙の方がずっと綺麗だ」
「バーロ」

呆れたように半眼になりながらも、その目はどこまでも優しげだ。
目元にキスを落としてくる気障な男に、思わずクスリと笑いが漏れる。

「新一。愛してる」
「んなこととっくに知ってる」
「新一もだろ?」
「ああ、愛してるぜ」

互いに笑みを形づくった唇が、吸い寄せられるように重なった。










<fin.>









ここまでお読みいただきありがとうございました!

リク内容:新一と快斗が喧嘩、周りを巻き込み大事に。快斗は事件に巻き込
まれ、新一が助けて仲直り or 快新と第三者で旅行中に事件を絡めたお話。

……とのことだったのですが、事件は中途半端だし第三者もいまいち活かせ
てないしで薄っぺらくなってしまいました(汗

リクエストしてくださった蒼依さまに捧げます(返品可ですよ!)


2013/02/16