(9)












その日新一は一人で屋上に来ていた。快斗はどうやら休みのようで、朝から教
室に現れていない。
一人でここに来るのは初めてだからか、自分以外誰もいない屋上の開放感に身
を委ねていた。

屋上への階段を上っていた時、いくつか視線を感じた。
大方、『浪花』の誰かだろう。今までは快斗と一緒にいたからか、咎められた
ことはなかったが、今日はどうかわからない。
快斗は学校の人気者なら大丈夫だと言っていたが、これで絡まれたりしたらあ
いつを恨んでやる、と内心呟いた。


その時、ガチャリと屋上の扉が開いた。

「おい。お前、工藤新一だな」

フェンスを背に座り込んでうつらうつらしていた新一に、入ってきた男子生徒
たちの一人が低い声で言う。

新一はゆっくりと目を開いた。

―――黒羽の嘘吐き。

やっぱり絡まれたじゃないか、と内心毒づく。

人数は3人。まあ、細っこい生徒一人をシメるのには妥当な人数だろうと思う。
3人とも制服を派手に着崩したり髪を染めたりしていて、どう見ても『浪花』
の人間だろうなと、新一は立ち上がることなくゆっくりと瞬いた。

「何とか言えよ」
「こいつです。最近黒羽さんに付き纏っている転校生ってのは」

付き纏っている、か。新一は自分が快斗と2人で歩いていた時の記憶を反芻し
てみた。

教室で昼食に誘い合ったり、雑談しながら廊下を歩いたり。付き纏っているよ
うに見えただろうか、と首を傾げる。先入観というのは怖いものだが、もし本
当にそう見えていたのなら物凄く不本意だ。

新一の機嫌が急降下したのにも気づかず、3人が座り込んだままの新一に近づ
いてきた。

「総長たちのテリトリー荒らしやがって」
「何より、黒羽さんに迷惑かける奴は許さねぇ」

お? と新一は首を傾げた。なんだかさっきから、快斗がこの不良どもから尊
敬されているような印象を受ける。
あの友人と『浪花』との関係は何も聞いていないが、もしかしたら何かあるの
だろうか、と勘ぐった。

至近距離で新一を見下ろす3人に、とりあえず口を開く。

「総長たちの、ってことは、お前らのテリトリーではないんだな。勝手に入っ
てきていいのかよ?」
「なっ……」

図星だったのか、3人が言葉に詰まる。

「その総長とやらは、お前らがここにいること知ってんのか?」
「うるせぇ! テメーを摘まみ出すために来てるんだからいいんだよ!」
「なら、俺だっていいだろ? 黒羽に招かれたんだから」

今日は違うけど、とこっそり付け足す。

「く、黒羽さんに招かれただと? お前なんかが、そんなはず……」

もうひと押しかと、新一は内心にやりと笑う。

「大体、何で黒羽はよくて、俺は駄目なんだ?」
「それは……」

だが、新一の高まる期待とは裏腹に、3人は急に困惑した顔で黙り込んだ。

「……何だ、知らないのか?」

新一の挑発にも、顔を見合わせるだけだ。

「……理由は、聞かされてねぇけど……」
「総長から黒羽さんの好きにさせるようにって……」
「総長の命令は絶対だから……」

使えねーな。

新一は今度はあからさまに顔を顰めたが、見えてきたものもある。

黒羽と服部との間には何かしらの繋がりがあって、しかもそれを周りには秘密
にしている。

快斗は人気者だから屋上への立ち入りを許されていると言っていた。だが実際
新一はこうして制裁まがいのことをされている。

ということは人気の問題ではないのだろうな、と3人がここに現れた時点で新
一は推理していたが、どうやら『浪花』の者たちでも知らない何かが二人には
あるようだ。


その時だった。

「君たち、ここで何をしているんですか」

突然聞こえてきた声に、3人は勢いよく振り返った。
座ったままの新一には、3人が邪魔で声の発生源が見えない。

3人はその人物を見るやいなや狼狽えた。

「せ、生徒会長……」
「どうしてここに……」

(生徒会長だって?)

新一は相手からも見えていないのをいいことに、眉を寄せた。

「ここは立ち入り禁止のはずですよ。もうすぐ昼休みが終わりますから、早く
教室に戻りなさい」

物腰の柔らかい声で生徒会長が言うと、3人はぎこちなく頷いてすごすごと去
っていった。最後に新一を睨んでいくのは忘れない。


「……さて」

3人がいなくなると、屋上には新一と生徒会長だという男の二人きりになった。

「僕は白馬探。この学校の生徒会長です。はじめまして、工藤新一君」
「俺の名前……」
「もちろん知っていますよ。転校生の情報は生徒会に回ってきますし、君のこ
とは……色々と聞いてますからね」
「?」

新一の無言の問いを、白馬は微笑みで受け流した。
厄介そうな人物が現れたと、新一は内心嘆息する。

「……どうしてここに?」

代わりに、別の質問を投げかける。
立ち入り禁止の屋上に、生徒会長自ら来るというのは不自然だ。大体、ここが
『浪花』のたまり場であることは周知の事実なのだ。校則違反の見回りをして
いたのでもないだろう。

新一の問いに、白馬は指を差した。新一がいまだ背を預けたままの、フェンス
へ。

「ここ、生徒会室からちょうど見えるんですよ」

新一は肩越しに視線を後ろに向けた。
校舎はコの字型になっていて、向かいの3階の窓からなら、確かに今新一が座
っている屋上の際が見える。

「一般生徒が取り囲まれているのを見て、放っておくわけにはいきませんから
ね」

にっこりと笑った白馬に、なるほどこうやって女子の人気を得ているのかと妙
に納得した。昨今の男子高校生には見られない自然な紳士っぷりだ。

白馬の放つ雰囲気に肩が凝りそうになりながら、新一は立ち上がった。

「ここ、立ち入り禁止なんだったな」

白馬とすれ違って、屋上を出ていこうとする。
すると、白馬が振り返る気配がした。

「工藤君は、黒羽君と仲がいいんですか?」
「……………」

白馬の口から唐突に出てきた名前に、足を止める。

「……黒羽?」
「ええ。最近よく一緒にいると聞いています」
「まあ」

質問の意図がわからないから、曖昧に答える。

「それで、黒羽君とは友達なんですか?」
「……どうして俺にそんなこと聞くんだ?」

問い返すと、白馬は少し困ったように微笑んだ。その様子は誤魔化そうとして
いるというよりは、照れ隠しのように見えた。
何より敵意は微塵も感じられなかったから、新一はゆっくりと紡ぐように言っ
た。

「まあ、面白くていい奴だとは、思ってるけど」 

新一の答えに、白馬の表情がぱっと明るくなる。

「そうですか。それはよかった」
「……お前、黒羽とどんな関係なんだ?」
「僕はただの友人ですよ。工藤君、これからも黒羽君をよろしくお願いします
ね」
「はぁ……」

何だかやけに機嫌のいい白馬を置いて、新一は首を傾げながらその場を後にし
た。
階段を下りている途中で、ちょうど予鈴が鳴る。


これからはフェンス際には行かないようにしようと、新一は思った。






















白馬君は黒羽君が大好きです。(友人として)
次回から、色々動きます。


2012/10/28