(6)
「工藤、昼食べに行こうぜ」 「おう」 昼休みの鐘が鳴ると同時に、快斗が新一の席にやってくる。 ここ数日、2−Bの教室で見られる光景だ。 最初は2人がいつの間に仲良くなったのかと驚いていたクラスメイトたち だったが、今では目の保養とばかりに、見目麗しい2人のセットを歓迎し ているようだ。 そして何かと目立つ2人が行動を共にするものだから、廊下を歩くだけで も注目の的になる。 昼ごはんを食べるにしても、学食で食べればちょっとした騒ぎになるし、 中庭で食べれば教室の窓から覗かれる。 今日はどこで食べようかと思案しながら購買でおにぎりを選んでいた新一 の学ランの袖を、不意に誰かがくいくい引っ張った。 振り返ると、もう会計を済ませたらしい快斗だった。 「……黒羽。オメーがそんなことやっても可愛くねぇからやめろ」 「わかってるっての!……そんなことより、今日はいいとこに連れてって やるから、早くそれ買ってこいよ」 「いいとこ?」 購買を出て快斗についていくと、校内の一番端の階段を上っていく。 「おい、屋上に行くつもりか?」 「うん」 「でも屋上は特別な人しか入れないんじゃ……」 新一が階段の下で躊躇していると、快斗が振り返って笑った。 「はは、別にそんなルールないって。まあ、本当は立ち入り禁止だし、普 通の生徒はまず入ってこないけど」 「なら……」 「いーの。俺はその『特別な人』だから」 「?」 新一が委員長から聞いた話では、屋上に上がっていいのは『浪花』の幹部 以上だったはずだ。黒羽快斗はどこのチームにも属していないと聞いてい るのに、『特別』とは一体どういう意味なのだろう。 屋上に出ると、心地よい五月の風が2人の髪を崩していった。 「今日は誰もいないな」 「おい黒羽。説明しろよ」 「あーはいはい。食べながらな」 適当な場所に座り込んだ快斗に倣って、新一も座る。 快斗がガサゴソとビニール袋から取り出したものを見て、新一は顔を顰め た。 「オメーはまーたそんなものを……」 「いいじゃん。美味いんだから」 広げられたのはチョコチップメロンパンにリンゴデニッシュに餡ドーナツ、 それからカスタードプリンと、飲み物には苺ミルクだ。 初めて快斗と昼を食べた時には、驚愕のあまり新一は数秒間固まってしま った。 「そういう工藤こそ、高校生男子の昼飯には見えないぜ」 新一の手にはおにぎり一つとフルーツゼリーだけ。 「ダイエット中の女子かお前は」 「うるせー。燃費がいいんだよ糖尿野郎」 「ひで」 「知ってるか、糖尿になると勃たな―――」 「わああああ!! 言うな!! ……つーか綺麗な顔して何つーことを… ……」 恨めしげに睨みつける快斗に、素知らぬ顔でおにぎりを齧る新一。 互いの昼ごはんにケチをつけ合いながら粗方食べ終わると、パックのコー ヒーを啜りながら新一が口を開いた。 「それより。そろそろオメーが屋上に入れるわけを説明しろよ」 「ああ、そうだった」 デザートのプリンにプラスチックのスプーンを差し込みながら、快斗が考 えを巡らしながら言う。 「まあ何ていうか。『浪花』って族のことは、知ってんだよな?」 「ああ。一応」 「ここは完全に『浪花』のテリトリーだからさ、この学校で一番力持って んのは総長の服部平次っつー生徒なんだ。他の生徒からの人気も高いし」 「生徒の人気はオメーと生徒会長が二分してるって聞いたけど?」 「ああ、それは女の子の人気な。まあ今はお前がいるから、三分って言っ てもいいだろうけど。とにかく男も入れたら、服部が一番支持されてるわ け」 「それが、オメーが屋上に来れる理由とどう関係あんだ?」 「まあ聞けよ。要するに、屋上に来れるような特別な奴ってのは、学校の 人気者ってことだ。人気のある服部総長が屋上に来れば、自然と幹部ども も集まってくるから、一般に『浪花』のテリトリーだと思われてるだけさ。 俺は『浪花』のメンバーじゃないけど、人気があるから屋上に入っても誰 にも咎められないし妬まれたりしない」 「何だ、そういうことかよ」 新一は興味を失ったように言った。 本当は人気云々よりも、情報屋としての快斗の正体を知る『浪花』幹部か ら、快斗が畏れられていることの方が大きいのだが。 「でもそれだったら俺がここに来てもいいのかよ」 「おーい、鈍いふりはよせよ。工藤だってもう十分学校の人気者だってわ かってるだろ? それに俺とつるんでるところを大勢に見られてるんだ。 誰も文句は言わないさ」 「へぇ」 新一は少し間を置き、視線を巡らして考えるふりをした。タイミングを計 って再び口を開く。 「そういえば、第二図書室も『浪花』の奴らが使ってるって聞いたんだが、 オメーはそっちも入れんのか?」 「あー、うん。あそこも別に入っちゃいけいないってルールがあるわけじゃ ないし」 「そうなのか」 「あ、でもあっちは行かない方がいいかもよ」 「何でだ?」 快斗はプリンを掬う手を止めた。 「あっちは『浪花』の中でも、どっちかってーと過激な連中が使ってるこ とが多いから。いくら工藤でも、睨まれるかもな」 「ふぅん。わかった」 缶の底に残っていたコーヒーをぐいっと飲み干して、新一はその場に寝転 がる。 そして視界の隅でプリンを味わっている快斗を捉えながら、聞こえないよ うに口の中だけで呟いた。 「それはむしろ好都合だな……」 *** 「おー、黒羽。聞いたで。最近工藤と仲ええらしいやないか」 「仲良いってほどじゃないけど……まあ確かに結構一緒にいるな」 『浪花』が入り浸っているバーのバックルームで服部と二人。お馴染みの パフェをつつきながら、快斗は気のない返事をした。 「あいつの顔見てるとイラつくんやなかったんか?」 「まあ……ってお前、それどうして」 「白馬から聞いたんや」 しれっと言う服部に、快斗はそういえばこの2人、性格は正反対のくせし て変なところで馬が合うのだったと思い出す。 「それで、何でわざわざ工藤って奴とつるんでんのや。何企んどる?」 「別に………」 服部が勘ぐるのも当然だ。快斗は人気もあって友人も多いが、自らつるむ 相手というのはほとんどいない。同じ高校では、腐れ縁の服部と、頭の切 れる白馬くらいだ。 その上、口ごもる快斗という非常に珍しい光景を目にした服部は、にやに やと嫌な笑いを浮かべた。 「もしかして、恋しとんのとちゃうか」 「は? 恋?」 「ほほー。黒羽はああいう顔が好きなんか」 「やめろよ気持ち悪い」 快斗はうげぇと舌を出した。確かに新一は綺麗な顔をしているが、あんな ふうに仮面を被り分ける二重人格野郎なんかごめんだと思った。それに関 しては、自分もあまり他人のことは言えないのだが。 快斗がスプーンを置くと、服部が急に表情を改めて口を開いた。 「ところで黒羽、お前あの夜『黒猫』に会ったんやろ?」 「……ああ」 快斗の低い返事に、服部はやっぱり、と身を乗り出す。 「で、どんな奴やったん?」 「本当に猫みたいな奴だったよ。ビルの二階から平気で飛び降りてた」 快斗はあの夜のことを思い出す。 暗闇の中で一瞬きらりと光った鋭い目。東京中の荒くれどもから恐れられ る快斗ですら、常にない緊張を強いられた。 久しぶりの感覚に、肌が粟立った。 「奴の目的は何や」 「ただうざかったから消したかったんだと」 「ほー。そらまた、えらいはっきりしとんなあ」 カラカラ笑った服部に、快斗が眉を寄せる。 「感心してる場合か。油断してると引っ掻かれるぞ」 すると服部は笑いを引っ込め、快斗をじっと見た。 「この間までは『浪花』くらい大きなチームやったら大丈夫や言うてたの に、ずいぶん警戒しとるんやな。……何かあったんか?」 まっすぐな服部の視線を受け止めて、快斗は坦々と言った。 「別に。でもたった一人と思って油断すると痛い目みるぜ。猫の爪は見か けより鋭い上、ぱっと見、爪があるようには見えねーからな」 そう言ってココアを啜る。湯気で表情が隠れた。 そしてカップに口をつけたまま、快斗がまるで自分自身に言うように、も ごもごと喋った。 「次の獲物はなんだろうな」 2012/10/21 |