(4)











服部が沢袋駅の裏にある『ブルーレパード』のアジトに辿り着いた時に
は、すべてが終わった後だった。

しんとした廃ビルの中へ慎重に歩を進めると、廊下から階段まで、至る
所に少年たちが倒れている。

「これを全部一人で……?」

上の階には、青髪の男が倒れていた。『ブルーレパード』の総長、『青
豹』だ。

「また逃げられたな……逃げ足の速い奴や」
「猫、ですからね……」

ついてきた『浪花』の幹部の一人が、転がっている身体を手当たり次第
に軽く蹴る。

「全員完全に気を失ってますよ。でも外傷はほとんど見当たりませんね」
「そういう攻撃のしかたらしいわ。武道をやっとるかもしれんて黒燕が
言っとった」
「武道……それならうちにも副総長や特攻隊長がいますけど」
「せや、特攻隊長はええとして、副はどこにおんねん。最近全然見かけ
へんけど」

服部が今更ながら思い出したように幹部たちを見回す。

「『レッドブロッサム』の姫たちとお茶しに行くって言ってました」
「あの野郎……」
「野郎じゃないですって、一応」

服部はため息を吐いて、『青豹』が目覚めそうにないのを確認して立ち
上がった。そして窓から外を見下ろしていた一人に問いかける。

「黒燕は辺りにいるか?」
「いえ、ここから確認できる限りでは」
「ったく、どこに行ったんや……いつまでもここにいても埒が明かん。
今日は引きあげるで」
「はい」

そうして服部たちは痕跡を残さぬように、速やかに廃ビルを後にした。






服部たちの気配が完全に遠ざかった後。

ゆらりと、一つの影が立ち上がった。
傍で気絶している少年に着せていた黒いパーカーを些か乱暴に脱がせ、
埃を叩いてから羽織る。
フードを被りなおせば、いつもの姿の出来上がりだった。

「ちっ、あの野郎、俺の腹蹴りやがって……つーか今の、『浪花』の服
部平次だよな」

呟きながら唇の端を吊り上げた表情からして、すでに報復を考えている。
浪花の総長に恨みはないが、軽くとは言え足で蹴られたのはちょっとム
カつく。主にプライドの問題だ。

だがその前に、聞き慣れない単語があった。

「……『黒燕』って誰だ?」

『浪花』に関しては情報の伝手があるからそこそこ知ってると思ってい
たが、まだ知らない人物がいたらしい。調べてみるか、と目を細めた。

気絶したフリをしている時についてしまった土を叩いて、新一は悠々と
廃ビルのガラスのない窓から身を投げ出した。
新一がいた階は二階だったが、その程度の高さ、飛び降りても怪我ひと
つすることはない。まさに猫のような身の軽さだった。

スタッと軽い音を立てて着地すると、暗い路地を迷うことなく進んだ。
いや、進もうとして、新一はすぐに足を止めた。息を止め、全身に緊張
が走る。

そしてゆっくりと、後ろを振り返った。


「やあ。初めまして、『黒猫』さん?」

表通りからの明かりを背に立っていたのは、黒いハットに黒いコートを
羽織った少年。コートの裾が二股に割れ、長い二本の尻尾のようなそれ
はまさに――。

「ツバメ……?」

思わず呟いた言葉に、少年が反応した。

「あれ、何だ俺のこと知ってんの? そ。俺が通称『黒燕』。情報屋ね。
よろしく、『黒猫』」

情報屋だったのか。知りたかった情報が思いのほかすぐに手に入って、
すっきりする。
だがあの服部の様子からすると、それなりに『浪花』に肩入れしている
情報屋のようだ。蹴られた仕返しをする時には、この男にも注意しなけ
ればならないだろう。

そういえば。

「『黒猫』って?」

さっきも言われたな、と思って問い返すと、少年――『黒燕』は驚いた
ようだった。
逆光で表情は見えないのだが。

「あんたのことだよ。知らないの?」
「全然」
「ふぅん。自分の噂には疎い、と」

新一は無言だったが、黒燕は気にしたふうもなく続けた。

「最近あんたがこのあたりを荒らし回ってるって聞いて飛んできたんだ
けどね。何が目的だ?」
「荒らし回ってる?」

新一は心外そうに眉を跳ねあげた。

「俺としてはむしろ掃除してるつもりだったんだが」
「ほぅ? 掃除ねぇ」
「だからって勘違いすんなよ。別に変な正義感とかねぇから。ただうざ
かったから視界から消えてもらっただけだ」
「へぇ」

黒燕は笑い声を洩らしたが、新一にはわかった。ハットの影で見えない
瞳は、きっと緊張と警戒に細められているのだろうと。
そしてその緊張と警戒は、そのまま新一に伝染してきた。

「……参ったな。本当は親睦を深めようと思って来たんだけど、そんな
空気じゃないね」
「オメーが怪しすぎるのが悪い」
「ははっ。まあ、俺はただのしがない情報屋だし、今のところあんたと
喧嘩するつもりはないから。また出直すかな」

その瞬間、同じ場所に立っているだけのはずの黒燕の気配が薄まったの
を感じて、新一は言った。

「ああ、そうした方がいいぜ。地上に下りたが最後、ツバメは猫の獲物
だからな」
「くくっ、よく言う。」

その言葉を最後に、黒燕はコートの二股の裾を翻し、あっという間に姿
を消した。
新一はその姿を見送って、一拍置いてから黒燕とは逆の方向に消えた。


こうして誰も知らない中、街の隅っこで一匹の猫と一羽のツバメが出会
った。

















やっと夜の邂逅。




2012/10/18