(32)
「はーい、ストップ、っと」 その声は、工場内の喧騒の中で妙にはっきりと聞こえた。 それと同時に、今にも黒猫に振り下ろされようとしていた何本もの鉄パイプが 一気に薙ぎ払われ、それらを構えていた男たちの身体が吹っ飛ぶ。 「なっ……誰だっ?!」 突然の襲撃に、男たちに動揺が走る。 新一は、自分を庇うように背を向けて立つ男を見上げた。 その背に、既視感を覚える。 (あ………) ゴミ捨てに行った校舎裏で不良に蹴られそうになった時、割り込んできた学校 の友人。 ――はーい。ストップ。 ――工藤、大丈夫かよ? 長い二股の裾の黒いジャケットを着た男が、くるりと振り返る。 「おーい。大丈夫かよぉ、黒猫」 (……そうか) 目はハットの影に隠れて見えないし、口元はにやにやとムカつく笑いを浮かべ ている。 が、色々なことがすとんと腑に落ちた。 「……ああ。ちょっと休んでただけだ」 こちらも強気な笑みを浮かべて立ち上がると、黒燕は「へぇ?」と面白そうに 笑みを深めた。 「素直に助かったって言えばいいのに」 「俺は十分素直だぜ?」 よく言う、とくすくす笑う黒燕に、周りの男たちが我に返る。 「……黒燕だ!」 「何で奴がここに?!」 「黒猫の仲間なのか?!」 ざわめきの中で拾った言葉に、新一は黒燕を見やる。 「いいのか? 俺の仲間だと思われちまうぜ?」 黒燕は肩をすくめた。 「まぁ、あたらずも遠からずってとこかな」 「へ?」 「手出したら十倍返しって、言ったからな」 「え……?」 呟かれた言葉に、新一が怪訝そうな顔をする。それに、黒燕が苦笑したように 見えた。 「それより、」 その瞬間、黒燕の纏う空気ががらりと変わった。 「――さっさと終わらせようぜ」 黒燕が新一に背を向ける。 新一も、頷いて背を向ける。 とん、と一瞬だけ触れあった背中が、こいつとなら何でもできる、と妙な自信 を沸き起こさせた。 360度、2人を取り囲む敵はまた数を増やして、今や100人に上るのでは ないかというほどだった。 黒燕が両腕を真横に広げる。 「こっからこっちが俺。そっちがアンタね」 背中合わせで立っても、背中を預けるとは決して言わない。 少なくとも猫とツバメは、そんな関係ではない。 「ぼやっとしてると獲物横取りしちゃうからね」 「できるもんならな」 シューティングガンを構えて似たようなやり取りをした時のことを思い出す。 守り合うのではなく。 獲物を奪い合う。 自分たちにはそっちの方がお似合いだと、新一はくすりと笑った。 最後の敵が倒れ、その場に立っているのが黒燕と黒猫の2人だけになった時、 さすがの2人も肩で息をしていた。 「終、わった、な……」 「ああ……疲れた……」 携帯を取り出して見ると、2人であの人数を相手に30分近くも戦い続けてい たことがわかった。 そりゃ疲れるわけだ、と2人が地面に座り込むと、突然、どこからかパンパン、 という乾いた拍手の音が聞こえてきた。 「やぁ、お疲れ様。見事だね、2人とも」 「世良………」 悠然とした足取りで工場に入ってきたのは『浪花』の副総長だった。 「はい、どうぞ」 転がされた2本のペットボトルが、だらんと投げ出された新一の足に当たる。 新一は1本を黒燕に投げ渡すと、もう1本を開けてごくごくと飲んだ。その様 子を見ながら、黒燕が少し不機嫌そうに言う。 「躊躇いないなぁ。もし世良が裏切ってて、これに何か仕込まれてたらどうす んの」 黒燕の言葉に、新一はきょとんとしてから、さもおかしそうに笑った。その笑 いの意味がわからなくてさらに機嫌が下降する黒燕に気づいて、新一はないな い、と手を振る。 「ありえねーよ。俺に何かしたのが知れたら、蘭に嫌われるからな」 「蘭、って、『レッドブロッサム』の?」 「そ。こいつ蘭のことかなり好きだからさ、蘭の幼馴染の俺には手ぇ出せねぇ の」 すでに正体を誤魔化す気もない新一に、黒燕は世良に嫉妬するのもあほらしく なったようで、溜息を吐いてペットボトルの水を飲んだ。 辺り一面に転がっている屍を見渡しながら、世良は携帯を取り出した。服部に メールするのだろう。 「やっぱり過激派の連中はみんなここにいるね。悪いね、黒猫くん。こっちの 問題を片付けてもらっちゃって」 「別に。元々そういう依頼だったしな」 「依頼?」 黒燕が反応して問い返す。 世良が答えてくれそうにないので、新一が「あー」と面倒くさそうに説明し始 めた。 「俺がわざわざ江古田に来て暴れ回ってたのは、半分は世良に『浪花』の過激 派連中をどうにかしてくれって頼まれたというか、愚痴られたというか、まあ そんな理由だ」 「……ストレス発散って言ってたじゃん」 「それはもう半分の理由」 嘘は言っていない、と言うと、黒燕があからさまに不機嫌になるのがわかった。 「なんで服部に秘密にしてたんだよ」 「え? だってその方が面白そうじゃない」 世良がしれっと答える。チームに害がないと判断すれば、面白そうな方を選択 する。何で自分の周りにはそんな碌でもない奴らしかいないんだと嘆きかけて、 自分がその中の最たる者だと気づいた黒燕は、やはり溜息を零した。 「『レッドブロッサム』の姫たちも知らなかったのか?」 「ああ。まあ、蘭と小泉さんあたりは薄々気づいてそうだけどな」 これは後でこっぴどく叱られそうだと新一が少し憂鬱な気分になっていると、 バイクのエンジン音が近づいてきた。 「お。ようやく着いたみたいだね」 薄汚れた窓の向こうに目をやると、服部とそれなりの数のチームのメンバーが 慌てたように駆けてくるのが見えた。 黒猫と黒燕は徐に立ち上がった。 「さて、と。ここにいると面倒なことになりそうだから、俺らは退散するな。 あとはよろしく、世良」 そう言って、2人はさっさと裏の戸から去っていった。 こういうベタな感じ大好きですw 2013/01/07 |