(3)








「おい兄ちゃん、このシャツどうしてくれんだよ、え?」
「す、すすすみません! クリーニング代払いますから……!」
「クリーニング代だけで済むと思ってんのかテメェ。ジュースぶっかけや
がって、なめてんのか?」
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
「とっとと財布出せや!」
「は、はい………」

何やら耳障りの悪い声が聞こえて路地裏を覗き込んでみれば、お約束の展
開が繰り広げられていて新一はため息を吐いた。というか、ずいぶんと古
臭い手を使うものだ。
まあ、不用心にもこんな夜更けに不良たちが屯する裏道を歩くのもどうか
と思うが。

しかし見過ごすわけにもいかないので声を掛ける。

「おい」
「ああ゛? 何だテメェ?」
「その辺にしといたらどうだ」
「うるせーな、誰だ貴様。ぼこられてぇのか?」

怯える青年を囲んでいた三人の不良が振り返る。
新一はフードをぐっと引き、軽い足取りで三人に近寄った。

「何だ?」

一人が新一に手を伸ばそうとした瞬間、新一の姿が消えた。

「なっ?!」

さっと深くしゃがんだ新一が、足払いを掛ける。そして飛び上がりざまに
一人の鳩尾に膝を入れ、最後の一人には同じ脚をそのまま高く振り上げ首
を蹴って気絶させた。
そして立ち上がろうとした最初の一人の首を足で地面に踏みつける。ここ
まではすべて、一本の脚の一連の動きだ。軸足は、最初の場所から一歩も
動いていない。

新一は足に少しだけ力を込めて言った。

「俺をオメーらの頭んとこに連れてけよ。仲間も集めてな」

男は涙目になって空気に喘ぎながらも頷いた。

ものの数秒で三人を伸してしまった新一を、囲まれていた被害者の青年は
畏怖の表情で見ていた。











カランコロン。

洒落た雰囲気の小さなバーの扉を開けると、中にいた数人がこちらを見て
目を見開いた。

「お久しぶりです!」
「今までどちらにいたんですか?!」
「急に消えるから皆心配してたんすよ!」

入ってきた少年は挨拶代わりに片手をひらりと上げ、黒いハットを深く被
り直した。

「あ、総長なら奥の部屋にいます」
「いつものでいいですか? 後で部屋に持っていきますよ」
「サンキュ」

黒いハットの少年はまっすぐに店を横切ると、「STAFF ONLY」のプレート
がかかったドアを開け、中に入っていった。

それを見ていたチームの新人が首を傾げ、近くの先輩に問いかける。

「先輩、あれ誰っすか? 何か幹部の方々がすごい丁寧でしたけど……」
「えっ? ああそうか、ケイタは先週入ったばっかだから知らねぇのか」

ケイタと呼ばれた新人の少年が頷くと、先輩はいいか、と身を乗り出した。

「あの人は俺たちが絶対に逆らっちゃいけねぇ人だ」
「え? 総長以上にっすか?」
「ああ。総長以上に危険な人だからな。まあ、あの人に従ったって言えば、
総長も許してくれるだろうしな」
「……一体誰なんすか?」

ケイタがごくっと唾を呑んだ。

「情報屋さ」
「情報屋? うちのチームのっすか?」

『浪花』の諜報部にあんな人がいたなんて知らなかったとケイタが言うと、
先輩はぶんぶんと首を振った。

「馬鹿言え! あの人がうちのもんなんておこがましいこと言ってみろ。
潰されるぞ!」
「え……」
「あの人はフリーの情報屋、『黒燕』だ」
「く、黒燕?!!」
「馬鹿、声がでけぇ!」
「だって黒燕って、俺でも知ってるっすよ! 以前、情報を操って意のま
まに東京の勢力図を動かしたっていう伝説の情報屋! 江古田にいたんす
ね……」
「噂じゃ江古田高校の人間らしいけど、正体知ってんのは総長と何人かだ
けだ」
「へぇ………」

二人はハットの男が入っていったドアを見つめた。
その奥は、自分たちが一生入ることを許されない場所なのだろう。






「よぉ燕、来たんか」
「ああ。あんまり顔ださねぇと、忘れられちまいそうだから」

服部が座るソファの向かいにどさりと腰を下ろして言うと、けらけら笑わ
れた。

「忘れるわけあるかい。そのハットとコート見たら、誰だってわかるわ」
「そ? それより新人入ったんだな」
「お、わかるんか。さすがやな」
「バーロ、『浪花』のメンバーは全員知ってるっつの」

メンバーを把握してるのは『浪花』だけの話じゃないだろうと、服部は内
心思った。

すると扉が外からノックされる。

「お待たせしました」
「おー」

扉が開くと、幹部の一人が入ってきて、快斗の前にホットココアとチョコ
レートパフェを置いた。

「ありがとな」
「いえ」

さっそくスプーンを取った快斗に、服部が呆れたように言う。

「黒羽、いつも思うんやけどその組み合わせはないわ……」
「何で? 冷たいのと温かいの交互に食べると美味いぜ?」
「いや、温度の問題やなくてな……」

バナナを頬張ってきょとんとする快斗に、匂いだけで甘ったるすぎるわ、
と服部はぼやいた。
こうして甘いものを食している時の快斗は至って無害だが、悪だくみをす
る時とのギャップが凄まじく、長いつき合いになる服部もそれには慣れそ
うにない。

「そんで、例の猫の情報は集まりそうなんか?」

服部が何気なく尋ねると、快斗は僅かに眉を顰めた。服部はおや、と思う。
快斗が情報に関してこんな反応をするのは珍しい。2週間のブランクが響
いているのだろうか。

「んー。それがちょっとな……」
「何かあるんか?」
「今わかってるのは、お前が言ってた黒いパーカーにフードの男が単独で
攻めてきたってことと、それから何かの武道の使い手かもしれねぇってこ
とだけだ」
「武道?」
「一発で仕留めるってことは、どこを突けば相手が沈むかわかってるって
ことだ。華奢な男だって聞いたしな。自分より大きい男を一発で伸すなん
て簡単なことじゃねぇ。人体に詳しくて、何かの武道に通じてる可能性は
高い。……特に足技に特化してるような」
「ほぉ……って足技?」
「ああ。やられたところの頭――まあ、元だけどな――に聞いたところに
よると、攻撃はすべて蹴りだったらしい。両手は一度もポケットから出さ
なかったんだと」
「はぁ。完全になめられとんな」

快斗はパフェの最後の一口をスプーンから舐めとると、伸びをしながら立
ち上がった。脱いでいたハットを頭にのせる。

「そんじゃ、今のが今日のパフェ代ってことで」

が、部屋のドアに手を掛けたところで呼び止められる。

「おい、ココア代も寄こせや」
「えー」
「俺らも『黒猫』のことは警戒しとんのや。いつ『浪花』が狙われるとも
わからん」
「裕に100人以上のでけーチームが何言ってんだよ。現に今のところ狙
われてんのは20人以下の弱小チームだけだろ」

だが快斗がそう言った時、扉が勢いよく開かれた。

「総長!」

さきほど快斗にパフェとココアを持ってきた幹部だった。後ろに、肩で息
をしている少年を連れている。

「どうしたんや?」
「パトロールをしていたメンバーの一人が偶然見かけて。『黒猫』が現れ
たそうです!」
「何やと?!」
「お前、総長に詳しく話せ」

背後の少年が促されて前に進み出る。

「狙われたのは『青豹』率いる『ブルーレパード』です! 今も戦闘中か
と……」
「『ブルーレパード』?! 30人以上のチームやんけ!」

驚愕に叫んだ服部の横で、快斗がにやりと笑った。

「猫が豹に噛みついたか………アジトは確か沢袋だったな」

言うや否や、あっという間に店を飛び出していく。

「ま、待てや! 行ってどうすんのや!」

服部が慌てて追いかける。

「決まってんだろ! ネコ科の喧嘩を見に行くんだよ!」

快斗は振り返らずに答えた。走っているからか、それとも気分が高揚して
いるからか、微かに声が弾んでいる。

「俺も行くわ!」
「悪ぃけど先行く! 沢袋駅の裏の廃ビルな!」
「さすがツバメ……すいすい走りよるわ」

あっという間に見えなくなった快斗はおそらく裏道に入ったのだろう。服
部は服部で、後から追いかけてきた何人かの幹部と共に沢袋へ向かった。



























誰か私にネーミングセンスをください。




2012/10/14