(27)



















休みだというのに、言われていた時間までに支度をしておく。
最近の週末は女性に振り回されてばかりだ。女難の相でも出ているのか?と
新一はこっそり眉を顰めた。

どこに連れて行かれるかまでは告げられていなかったため、念のためにジャ
ケットを羽織った。
上質な生地のそれをさらっと着こなす様は、とても高校生には見えない。

時間通りに阿笠邸の前につけられた黒塗りの外車に、ちょうど出てきた志保
と共に乗り込む。
志保は挨拶がてら新一をちらりと一瞥しただけで何も言わなかったので、服
装はOKが出たということだろう。


英国風の屋敷の前で車が停まった時、新一は驚愕を隠せずに志保を振り向い
た。門を通る時に表札がちらりと見えた。

「おい、ここって……」

それに志保は何も言わずに微かな笑みを浮かべた。

応接間に通され、身体が沈むようなソファに腰掛けるや否や、メイドのよう
な女性が銀のカートを押して入ってきた。サンドイッチ、スコーン、ケーキ
が盛られた3段のティースタンド、クロテッド・クリームといちごジャムの
器、フルーツを盛り合わせた皿、そしてティーセット一式を次々と手際よく
ローテーブルに並べていく。

すべてが整然と並べられメイドが一礼して部屋を出ていくと、入れ替わりに
本日のホストが現れた。

「やあ、ようこそ、宮野さん、工藤君」
「今日はお招きありがとう、白馬君」

挨拶を交わして微笑み合った2人を、新一は取り残されたような感覚で呆然
と見ていた。

「宮野……オメー白馬会長と知り合いだったのかよ……?」
「ええ。時々こうしてお茶会に誘ってもらうのよ」
「へ、ぇ……」

帝丹と江古田の生徒会長同士、話が合うのだろう。
一体どんな話をしているのか、聞くのが恐ろしい気がした。

「すみませんね、工藤君。どうしても君を連れてきてほしいと、僕が宮野さ
んに頼んだんです」
「会長が?」
「白馬でいいですよ」

白馬がにっこりと笑う。

「君とは一度ゆっくり話してみたかったんです。この間は場所が場所でした
し、ほとんど話せませんでしたからね」

以前、屋上で絡まれていた時のことだ。

「そうだ、」

白馬が思い出したように懐中時計を開く。

「実は僕の方も、一人ゲストを呼んだんです。工藤君はよく知っている人で
すよ。そろそろ来るはずなんですが」

そう言った時、軽いノックと同時に部屋の扉が開いた。

「ったく、何だよ白馬。休みの日にわざわざ呼び出しやがってよぉ。俺だっ
て暇じゃねぇっつー、の…に………」

不機嫌そうな声が途切れる。
新一も、現れた人物に目を見開いていた。

「え……黒羽……?」
「何で工藤がここに……?」

お互い驚いた顔で固まる。

すると、白馬が快斗をソファへと促した。

「ほら、2人とも見つめ合っていないで。お茶会を始めましょう」
「見つめ合ってねーっての……」

だが目を逸らした2人の頬が微かに赤くなっていることに、白馬も志保も気
づいていた。

「ご紹介が遅れましたね。宮野さん、彼は黒羽快斗君。江古田高校の生徒で、
僕の友人です」
「知ってるわ」

ミルクティーに口をつけながら言った志保に、白馬はおや、と驚く。

「お知り合いだったんですか?」
「この間、ちょっとね」
「ま、まあ……」

常になく歯切れの悪い快斗に、白馬は小首を傾げつつ、新一にティースタン
ドを示して話しかけた。

「工藤君、お好きなものをどうぞ」
「実は俺、甘いものは苦手で……」
「これはイギリスのデヴォン州から取り寄せた本場のクロテッド・クリーム
なんです。甘さはあまりないので、工藤君でも食べれると思いますよ」
「へぇ」

勧められるがままに、新一はクロテッド・クリームをスコーンに塗り、一口
齧ってみる。

「あ、美味い」
「それはよかったです」
「っていうか白馬、いつもこんな本格的なアフターヌーンティーをやってる
のか?」

スコーンにクリームとジャムをたっぷり塗って頬張っている快斗を呆れたよ
うに横目で見つつ、新一は尋ねた。

「そうですね、週に一度くらいは誰かしらを招いていますね。特に多いのは
宮野さんですが」
「へぇ」
「それより白馬」

スコーンを紅茶で流し込んで、快斗が口を挟む。

「何で俺と工藤を呼んだんだよ?」

新一も便乗するように頷く。

「僕は工藤君とじっくり話してみたかったんです。それで工藤君を呼ぶなら
やはり君も呼ばないとと思ってね」
「だあからー、なんでそこで俺が出てくんだよ」

胡乱気に眉を寄せる快斗に、白馬はきょとんとした。

「え? だって君たちはつき合ってるんじゃないのかい?」
「ぶっ」

新一はスコーンを噴き出しそうになって何とか耐える。だが焦って気管の方
に入ってしまった。

「げほっ、げほ」
「大丈夫、工藤君?」

志保が一応声をかけるが、背中を擦ってやるほどの優しさはない。
そして快斗は快斗で狼狽えていた。

「なっ、何言ってんだよ?!」
「おや、これは失礼」

わかっているのかいないのか、白馬はしれっとして言った。

「君の様子を見ていて勘違いしてしまったようだ」
「なっ……」
「しかたないわ、白馬君。私も工藤君を見ていててっきりそうかと思ったも
の」

そう言って志保がカップに隠れた口元ににやりと笑みを浮かべたのを視界の
端に捉えて、新一は嫌な予感がした。

「だって工藤君、毎晩彼にもらったぬいぐるみを抱きし――」
「わーわーわー!!」

何とかスコーンを呑みこんだ新一が、慌てて遮る。

「え……工藤……?」
「誤解だ!」

新一が力いっぱい否定するが、むせていたせいか顔が赤い上に涙目で、直視
した快斗の方も顔が赤くなるのを止められなかった。

白馬が軽く咳をして、新一に話しかける。

「そういえば、工藤君は読書家だと聞きましたよ」
「え、いやまあ、普通に本は読むけど、それほどじゃ……」
「いえいえ、ご謙遜を。世界的作家の工藤優作氏の所有している蔵書数は、
ファンの間では有名ですよ」
「……まあ、家にはたくさんあるけどな」

俺はそんなに読まないよ、と苦笑した新一をちらりと見てから、快斗は何気
ないふうを装って言った。

「そうだよなー。工藤が本読んでるとこなんて学校じゃ見たことねぇもんな」
「オメーが傍でうるせぇから静かに読む暇がないんだよ」
「あ、何それひでぇ」

自分だって傍で静かに本を読むことくらいするのに、と黒猫のことを思い出
していると、快斗の頭に名案が浮かんだ。

「そうだ、今度工藤ん家遊びに行ってもいいか?」
「別にいいけど……」
「やった! その蔵書もちょっと興味あるし」
「何、オメーも本好きなのか?」
「好きっつーか。まあ、俺もたまには本読むし」
「へぇ? オメーが?」

新一がにやにやしているのに反論したかったが、ここ最近の黒燕の読書リス
トを暴露するわけにもいかないので黙って紅茶を啜る。何だか甘さが足りな
い気がして、角砂糖をもう2つ追加した。

快斗が不貞腐れたと思ったのか、新一が宥めるように幾分穏やかな声で言っ
た。

「何なら来週にでも来いよ。大してもてなせねーけど」
「おう……」

自宅に招かれるという事実に、快斗の心臓は今更ながら落ち着きをなくした。




「工藤君、今日はゆっくりお話できてとても有意義でした」
「いや、こっちこそ、招いてくれてありがとな。紅茶美味しかったよ」

玄関の外まで見送りにきた白馬が、新一と志保を車まで導く。ちなみに快斗
は送迎を断って、さっさと門まで歩いていってしまった。

「今度はぜひ、僕も工藤君のお茶会に招いてほしいところです」
「俺のお茶会?」

何のことだ、と訝しげに問うと、白馬はそのままの笑みで言った。

「本に囲まれたお茶会は素敵でしょうね。もっとも、僕も参加させてもらえ
るのなら、椅子は持参した方が良いようですが」

新一は内心ドキッとしつつも、顔には出さなかった。

「何のことだかわからないな」
「心配しなくとも無理にお邪魔はしませんよ。ただ、生徒会室からは色んな
ものが見えるので……仕事をしながら、少し羨ましくなっただけです」

苦笑した白馬に、新一は溜息を吐いた。
内心で「あの馬鹿……」と呟く。
カーテンを開けた覚えはないから、おおかた、いつも窓際に陣取る黒燕が不
用心にもカーテンを揺らしでもしたのだろう。

「……カップと椅子は持参な。あと茶菓子も」
「もちろん。手土産は期待していてください」

にっこりと笑った白馬に、新一は疲れたようにもう一度深い溜息を吐いた。






















志保ちゃんと白馬が仲良いってちょっと珍しいかもしれない……
白馬は確信犯なとこありますが、黒いってほどじゃないです。

2012/12/20