(21)





















まずは小銭に両替して、コーナー別に分かれているゲーム機をさっと見渡
す。

その手慣れた行動に、快斗は思わず聞いていた。

「あれ? 工藤ってゲーセン結構慣れてる? プリンス様はこういうとこ
来ねぇのかと思ってた」
「しょっちゅう来るわけじゃねーけど。つか俺を何だと思ってんだよ……」

呆れたように言う新一に、それもそうかと頷く。
性格はだいぶわかってきたつもりだったが、進学校に通っていたお坊ちゃ
んというイメージが自分の中にまだ残っていたらしい。

「得意分野は?」
「シューティング」
「へぇ……奇遇だね。実は俺も」

即答した新一に、快斗がにやりと笑う。顔を見合わせた2人は同じ表情を
浮かべ、何も言わずにシューティングゲームのコーナーへ向かった。






バン、バン

「へぇ、結構やるじゃん」

バン、バン、バン

「オメーもな」

まずは腕試しというところで、2プレイヤーで協力して襲いかかってくる
敵を倒していた。

最小限の弾で正確に仕留める。
その鮮やかな手並みに、いつしか2人を見物する客も出てきた。

「けどこれじゃ勝負じゃねーな」
「いいじゃんいいじゃん、対決はまた今度でさ、っと」
「あっ、おい黒羽、今俺の敵横取りしたなっ」
「さあねー? 工藤がのろいからじゃね?」
「くそっ……うりゃ」
「ああ!」
「ふふん」
「大人げねーぞ!」

ぎゃあぎゃあ言い合いながら、それでも楽しそうに並んで銃を構える2人
を、周りに集まり出した見物人は微笑ましげに見ていた。

「しっかし工藤がゲーム得意とはなぁ」

敵の額に数発撃ちこみながらしみじみと呟いた快斗に、新一は気まずげに
眉を寄せた。

「ゲームっつーか……できんのは頭脳系かシューティングだけだ」
「へ? そうなのか?」
「実は俺、手は器用じゃなくてさ」

だから操作系とかはてんで駄目。そう言った新一に、快斗はふと引っかか
りを覚えた。

(『手は』……?)

手を強調したのは無意識だろうか。

(そういや、工藤はサッカー上手いんだったな)

だから足は器用という意味だろうか。

一瞬思考に気を取られた快斗に、敵の手が迫る。

「……っ、おいバカっ」
「え?」

画面を見ると不気味な敵がアップになっていて、ハッとして咄嗟に引き金
を引こうとした瞬間、敵の頭が粉々に吹っ飛んだ。

周囲の見物人から安堵のため息が漏れる。

「……ったく、しっかりしろよ」
「わり……」

快斗より一瞬早く引き金を引いた新一によって、敵は倒されていた。
快斗はぼそりと謝って、再びゲームに集中した。


「あー、でも……」

再び2人でゲームに没頭しはじめると、唐突に新一が呟いた。

「何?」
「いや、ちょっと狭いからやりづれーなと。黒羽オメー、動きが派手すぎ
んだよ」
「はあ? 派手って何だよ。つーか工藤の方が地味なんだろ」
「スマートと言え」

不満そうに口をへの字に結んだ快斗だが、確かに一つのゲーム機に2人で
向かうのは少し狭い。そのせいで今も2人は身体を横向きに平行に並ぶよ
うに立っていた。

こうして誰かと一緒にシューティングゲームをするのは実は快斗も新一も
初めてのことで、ぶつかりこそしないものの、隣に誰かが立っている分動
きづらく感じていた。

「……しょうがねーな。それなら……」
「黒羽?」

何をする気かと訝しげに快斗を横目でちらりと見やると、突然、快斗が銃
を軽く宙に放り上げた。

「なっ――」

思わず目を瞠った新一と、どよめく見物人を余所に、快斗はくるりと身体
を反転させ、新一の背に自分の背を合わせるように立った。
そしてタイミング良く落ちてきた銃を左手でキャッチし、そのまま撃ち始
める。

「おま……」
「だいじょーぶ。俺両利きだから」
「いや、そういうことじゃ……」

周りから拍手と歓声が沸き起こって、いつの間にか見物客が増えてきたこ
とを知る。

「……オメー、ホント派手だよな」
「へへ、サンキュ」
「褒めてねぇっつの……」

はぁっと溜息を吐いて、新一も撃つことに集中する。

けれど背中に感じる体温に、じわじわと顔に熱が集まって胸のあたりも何
だか落ち着かない。

(何でドキドキしてんだよ俺……!)

焦りと言い知れない恥ずかしさを隠すために顔を顰めた新一に、背中合わ
せの快斗が気づかないのが、唯一の救いだった。








シューティングゲームのランキング一位の欄に「KS」と入力した後、快斗
にコツを教わりながら他のゲームもいくつかプレーした。
そしてそろそろゲームセンターを出ようかという時、その前にと新一はト
イレに立った。

新一を待つ間、手近なゲーム機に寄りかかった快斗は、その時ちょうど目
線の先にあったゲーム機を見つけ、不意に悪戯を思いついたような表情を
浮かべて近寄っていった。



一方新一は、トイレから出るや否や、トイレの入り口付近に屯していた派
手な格好の少年数人に取り囲まれていた。
明らかに不良と言われる人種だ。
染めた髪は痛みきっていて、ピアスをいくつも開けている。目つきは悪く、
一発で素行がよろしくないとわかる風貌だった。

「おい坊ちゃんよぉ、俺ら金がなくて困ってんだけどよ、ちょっと貸して
くんねーかぁ?」

今は普通の高校生工藤新一なのに、どうしてこんなに不良に絡まれるんだ
か。すんでのところで溜息を堪える。

一瞬これも黒燕の罠かと思ったが、すぐに否定した。
学校に蔓延っている不良たちとも違う、もっと低能で芯から悪そうなこん
な連中を、黒燕が使うとは何となく思えなかった。

しかし、この状況どうするか。
幸か不幸か店の奥まったところで人目につきにくい場所だが、それでも、
江古田の学生も多いだろうこのゲームセンターで工藤新一が喧嘩するわけ
にもいかない。その上数時間前に服部平次に遭遇したばかりだ。客の中に
『浪花』の連中が紛れている可能性だってある。

その時、新一ははたと気づいた。

(そうだ、黒羽がいるじゃねーか)

この面倒を人に押し付けるのは気が引けないでもないが、快斗なら腕も立
つようだし大丈夫だろう。そう思い、さきほど新一が快斗を置いていった
場所へ視線をやる。

だが、そこには誰もいなかった。

(くそ、移動したのか……?)

快斗が見当たらないとなると、これは本格的に自分でどうにかしなくては
いけないようだ。


すると、何も言わない新一に取り囲んでいた一人が痺れを切らして、新一
の胸倉を掴もうと手を伸ばした。


その時。

「きたねー手で触んじゃねーよ」


男の手は、新一に届く前に別の誰かに掴まれていた。

「……黒羽」

いつの間にかすぐ傍に来ていた快斗を新一は驚いたように振り返った。

「ちょっとこれ持ってて」
「え? ちょ……」

何やら大きなものを押し付けられるままに受け取る。快斗は新一を背に庇
うように前へ進み出た。

「俺の前でこいつに手ぇ出そうとしたんだ。覚悟はできてんだろうな?」

背中を向ける快斗が、今どんな表情をしているのかは見えない。だがその
常からは考えられないような低い声に、きっと恐ろしい顔をしているのだ
ろうと、新一は呆然と思った。

圧倒的な強さで、ものの数秒で不良たちを伸してしまった快斗を、新一は
驚きと呆れの入り混じったような複雑な心境で見た。

そして改めて押し付けられたものを見下ろす。
それは、大きなウサギのぬいぐるみだった。UFOキャッチャーのガラスケー
スの中に積まれていたのを見た気がする。

「…………………」

もしかしなくとも、これを取りに行っていたせいで、さっきの場所にいな
かったのだろう。

思わず半眼になって再び顔を上げたが、視界に入った影に新一は目を見開
いた。
倒したはずの不良の一人が、こちらに戻ってくる油断しきった快斗の背を
目がけてナイフを振り上げている。

「っ、黒羽!」

新一の叫びに快斗が一瞬きょとんとし、次いではっとしたように振りかえ
る。
だがそれより先に、新一は飛び出していた。抱えていたぬいぐるみを上に
高く放り投げる。

「くたばれクソ野郎!」

反動をつけて飛び上がり、そのままの勢いで大きく回した右足が、男の側
頭部に入った。男は吹っ飛び、トイレの横の壁に激突してずるずると床に
崩れ落ちた。

「ざまあみろ」

ふん、と鼻を鳴らした新一の背に、おそるおそる声をかけられる。

「く、工藤、さん……?」

しまった、と顔を顰めても後悔先に立たず。
喧嘩できないふりをしてきたのが水の泡だ。

新一はとりあえずくるりと振り返った。顔が多少引き攣っているかもしれ
ないが。

「い、いやー、何つーか、身体が勝手に? 俺ってやればできんだなー」
「……………」

明らかに疑いの目を向けられている。
自分でも苦しい言い訳なのはわかっていた。どう贔屓目に見ても、さっき
のは喧嘩の素人が咄嗟に繰り出せるような技ではなかった。

だが、本当につい、気づいたら身体が動いていたのだ。快斗を襲うナイフ
を目にした瞬間、考えるより先に身体が戦闘モードに切り替わっていた。
そして男を吹っ飛ばしていた。
喧嘩の最中でも常に理性的な新一にとって、こんな経験は初めてだった。

(どうしちまったんだ俺……)

「……あのさ、これ……」

ぎこちなく言った快斗の手には、さっき新一が放り投げたぬいぐるみ。ど
うやら快斗が上手くキャッチしたらしかった。

「ああ、悪いな、投げちまって」
「いや、それはいいんだけど。これ、工藤にやるよ」
「……はい?」

にっこりと笑ってぬいぐるみを差し出されても、嫌がらせとしか思えない。
というか完全に嫌がらせだ。意地の悪いにやつきを隠し切れていない。
気まずい空気が払拭されたのはありがたいが、これはこれで顔が引き攣っ
た。

「工藤のために取ってきたんだ」
「いや……そう言われても」

確実に5、60センチの高さはあるぬいぐるみだ。確かに生地はふわふわ
で抱き心地はいいだろうが、自分のような男子高校生が抱えている姿は寒
すぎる。

「もらってくれねーの?」
「うっ」

悲しそうに眉を下げる快斗に、演技だとわかっていても、新一は自分がい
じめているような錯覚を覚えた。

「……しょうがねーな」
「やったあ!」

受け取るや否やぱっと笑顔になる快斗に、深い溜息を吐く。だが同時に、
快斗の満面の笑みに心が満たされるような気持ちにもなったのだった。





















ゲームセンターのことは詳しくないので悪しからず…。
快斗っていちいち動きに華があるイメージですが、私の稚拙な文章ではとても
表現できませんでした……。



2012/12/01