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その週末、新一と快斗は外で遊ぶ約束をしていた。 元々友人と遊ぶことは少ない新一にとって、転校してきてからはもちろん 初めてのことだった。 今までクラスメイトに何度か誘われた時は理由をつけてかわしていたのだ が、快斗に誘われた時、何となく断れる気にならなかった。 待ち合わせ時間よりも少し早く江古田駅前についてしまい、適当なところ に寄りかかって快斗を待つ。 周りからちらちらと視線を向けられるのは、慣れていることなので今更気 にしない。平然と受け流すが、その中にいくつか、男からの嫉妬とは違う 視線も混じっていて、新一の機嫌は一気に急降下した。 ホモだらけか! と内心舌うちしていると、一人の女性が近寄ってきた。 「あの! 誰か待ってるんですか?」 くるくるのパーマをかけた可愛らしい女性で、大学生くらいだろう。 「ええ」 「えっと、彼女、とか?」 「いえ、友人です」 すると、女性はにっこりと最大限自分の可愛らしさを引き立てるような笑 顔で言った。 「それじゃあ、そのお友達も一緒に、どこかでちょっとお茶しませんか? 私も友達と来てるから」 彼女が振り返った方向を見ると、少し離れたところに一人、大人しそうな 女の子が立っていて、おずおずとこちらの様子を窺っている。 「ね?」 「すみませんが、この後友人と行くところがあるので」 「そう……あ、じゃあその後でもいいから、連絡先交換してくれませんか?」 意外としつこく引き下がらない女性に内心眉を寄せると(もちろん表面で は自動的にプリンス・スマイル装着済みだ)、その時、新一の背後に誰か が立った。 「おー、姉ちゃんすまんなぁ。こいつこう見えてラブラブな彼女おんねん。 勘弁したってや」 「え……」 「あ、そうなんですかぁ……それじゃ仕方ないね。ごめんね」 「あ、いえ……」 女性は軽く頭を下げると、そそくさと友人の下へと駆けていった。 それを見送ってから、新一は突然現れた男を振り返る。もちろん、声と喋 り方で誰かはわかっていた。 「すみません、ありが―――って、あなたは……!」 振り返りざまに、驚いたように目を丸くする。 「お? 俺のこと知っとんのや?」 「あたり前ですよ。江古田高校で服部さんのこと知らない人なんていませ んって。あ、俺は―――」 「知っとるで。転校生の工藤新一、やろ?」 「……ええ」 視線が鋭くならないように注意する。 「よく知ってましたね、俺のこと」 「敬語いらんで。っちゅーかそれこそ、うちの高校で工藤のこと知らん奴 はモグリやで。今じゃ女子の人気は黒羽派と白馬派に並んで工藤派なんて 言われるくらいやからな」 「あはは……さっきは本当に助かった。ありがとう」 苦笑して礼を言いながら、服部を注意深く観察する。 確かにここは江古田駅だから服部がいてもおかしくはないが、ちょうど一 人のところに出くわすなんてタイミングが良すぎる。 (尾行されたか?) さっき声をかけてきた女性たちも、もしかして服部が仕組んだのか……。 「いやあ、しかしモテるっちゅーんはホンマやったんやな。ナンパされと る羨ましい奴がおる思たら、噂の工藤新一なんやもん、驚いたわ」 人好きのする気さくな笑みだ。含みもない。 (読めねぇ……) 食えない人間なら山ほど見てきた。志保に世良に紅子、最近では快斗や白 馬、そして黒燕。だが目の前で笑っている服部は、彼らとはまた違う意味 で食えない男だ。 (伊達に『浪花』の総長張ってねーってか?) しかし新一とて、一方的に探られるのは気に食わない。 「服部が見つけてくれて助かったよ。あんなところ、黒羽に見つかってた ら何てからかわれるか……」 「黒羽?」 「ああ、今から黒羽と会うんだ。服部って、確か黒羽と結構仲良いんだっ け?」 「へ? ああ、まあ……それ、誰から聞いたん?」 「え? 黒羽がそう言ってた気がしたんだけど。もしかして違ったか?」 「いやいや、ごっつ仲ええで!」 「でも学校では一緒にいるところ全然みかけないよな……。あ、もしかし て、俺が邪魔しちゃってるとか……?」 すまなそうに眉を下げて言うと、服部が勢いよく首を振った。 「そないなことあらへんて! 俺らつき合い長いから、今更一緒に行動し たりとかせぇへんのや」 その言葉に、新一は理由もわからず少しむっとした。顔には出さないが。 「つき合い長いって……幼馴染ってやつ?」 「まあ……そんなところやな」 「へぇ」 無垢な表情で相槌を打つと、服部が少し気まずそうに言う。 「工藤は、その……俺が怖くないんか?」 「怖い? 何で?」 「知っとると思うけど、俺は『浪花』っちゅうでかいチームの総長やっと んのや。そういう不良の奴ら、怖くないん?」 「あー。まあ、江古田来て最初は驚いたけど……でも、服部は良い奴だっ てみんな言ってるし、さっきだって困ってる俺を助けてくれただろ? 他 の不良は正直ちょっと怖いけど、服部のことを怖いなんて、思ってないぞ?」 「何や照れるな」 「自分で聞いたんだろ!」 2人して笑っていると、不意に微かなバイブの音が聞こえた。 「あ、」 服部のポケットに入っている携帯が震えていた。だが服部はそれを取り出 すことはせずに、少しだけ顔を顰めた。 「すまんな。俺も用事があったんや」 「あ、ああ」 「ほな、また学校でな」 「ああ、またな」 走り去っていくその背を目で追うも、あっという間に人混みに紛れて見え なくなる。 新一と服部の素顔でのファーストコンタクトは、ものの数分であっけなく 終わった。 「悪ぃ! 待たせた!」 服部と入れ替わるように、待ち合わせの相手が現れた。バタバタと足音荒 く新一のもとに駆け寄ってくる。本当に急いだのだろう、息が切れていた。 ちょっと飲み物買っていい? と断って近くの自販機に走っていく。 戻ってきてコーラをごくごくと半分飲むと、ようやく落ち着いたようだっ た。 「遅れてホントごめん」 「別にいいけど……何かあったのか?」 新一が駅前の時計をちらりと見ると、待ち合わせ時間を5分ほどすぎてい た。 「実は……」 「まさか、服選びに時間かかったとか女みてぇなこと言うなよ。キメェか ら」 「実はそのまさかで……ってちげーよ!」 冗談にノリツッコミで乗ってくれる快斗に思わずクスクスと笑う。 快斗の顔が僅かに赤い気がするが、走ってきたせいだろうと推測している と、快斗がいかにも不機嫌そうに口をとがらせる。 「10分前には着くように家を出たのに、なーんか行く先々でトラブルに 合って……俺、呪われてんのか?」 そう呟いた快斗の目が一瞬鋭く光ったのに、新一は気づかなかった。快斗 が来たことで増えた周りからの熱い視線に呆れていたのだ。 「ま、いーけど。俺はその間暇つぶししてたし」 「暇つぶし?」 「ナンパされてた」 「げ」 「……ところを服部に助けてもらった」 「ぶはっ」 思い切りコーラを噴き出した快斗に、新一が生温かい視線をやる。自分に かからなくてよかった。 「服部って、あの服部平次?!」 「おー。オメーの幼馴染の服部クン」 「え……」 「何だよ?」 「いや、別に。つーか新一って服部と知り合いだったっけ?」 「いや? 初対面」 素顔ではな、と心の中で付け足す。 「でもお前ら幼馴染なのに、学校では一緒にいるとこ見たことねぇなー」 「あー。それはほら、服部は一応でかいチームの頭なわけじゃん? 俺が 総長の幼馴染だって知られっと色々面倒なんだよ。チームの奴らから変に 敬われたりとか、とばっちり食らって敵チームに狙われたりとか」 「へぇ、そういうもんか」 「工藤だって同じ立場だったら、絶対そうするだろ?」 「まあ……かもな」 蘭のことを思い出しながら新一は相槌を打ち、とりあえず大通りの方へと 歩き出す。 「それで、今日は何する予定なんだ?」 「ゲーセン行かね? 最近行ってなくてさ」 「おー」 2人は、駅からそう離れていないゲームセンターに連れ立って入っていった。 2012/11/28 |