(2)













「工藤新一です。親の仕事の都合で、中途半端な時期ですがこちらに転校
することになりました。よろしくお願いします」

にこりと笑って会釈する少年。教室の廊下側の最後列から青い瞳をじっと
見つめながら、快斗は頭の中のメモに書き留めた。
件の転校生は、ものすごく美人でした。


新一が入ってきた途端に騒がしくなった生徒たちを、担任が宥める。

「じゃあ工藤君は窓側の一番後ろの席ね。わからないことがあったら、隣
の斎藤君に聞いてね。彼、クラス委員でもあるから」
「はい。……斎藤君、よろしく」
「委員長でいいよ。みんなそう呼んでる。よろしくね、工藤」

教室の反対側が賑やかになって、担任は諦めて教室を出ていった。
一限目の予鈴が鳴る。

「……ふぅん、あれが転校生ね」

結局、事前に入手できた情報は名前と住所、以前通っていた高校、そして
編入試験の点数だけ。それだけの個人情報を気づかれずに手に入れるだけ
でも凄い技なのだが、快斗にしてみれば、あまりにも情報が少なすぎた。
あえて言うなら、何もなさすぎる。

転校の理由は、学校側も詳しくは知らないようだ。ただ編入試験の全教科
高得点という結果を見る限り、学力にも前の学校での内申にも問題がなさ
そうだったから特に深く追及せずに編入を認めたのだろうと推測できた。

「ただの顔よし頭よしのお坊ちゃんか?」

米花町の住所を見て言う。その辺りは邸宅が建ち並ぶ高級住宅街だ。
この学校を含め、この一帯は不良が少なくない地域だからそういう連中は
カモにされやすい。

(さあ、どうする、工藤新一。)

そう心の中で呟いた瞬間、転校生がちらりと快斗を見た気がした。








「なあ、委員長。聞いていいか?」

昼休みになった途端、机の周りに群がられ質問攻めにされ、正直笑顔が固
くなりかけた新一は、予鈴が鳴って皆がそれぞれの席に戻り始めたタイミ
ングを狙って、隣で教科書を準備していた委員長に話しかけた。

「あの廊下側の一番後ろの席の奴なんだけど……」
「ああ、黒羽?」
「黒羽?」
「うん。黒羽快斗。あの通りかっこいいし明るいし、ついでに頭よくて運
動神経も抜群だから、この学校の有名人だよ。誰でも知ってる」
「……完璧人間だな。あんまり頭よさそうには見えねぇけど」
「はは。ああ見えても全国模試一位だよ。IQ400って噂もある」
「まじかよ………」

新一は教科書を取り出すふりをしながら横目で快斗を盗み見た。
朝、新一のことを観察するような視線を感じた。慎重に辿ってから一瞬だ
けその元を見やると、彼がいたのだ。

快斗は昼休みの間はどこかに消えていたのだが、予鈴が鳴ったと同時にふ
らりと戻ってきた。

「人気っていう意味では、服部さん並みなんじゃないかな。特に女の子か
らの人気は」
「服部さん?」
「あっ、そうか、工藤は違う町から来たから……」

その時本鈴が鳴り、担当教員が教室に入ってきた。

こちらに身を乗り出していた委員長が謝る素振りをして自分の席に座り直
した。新一も前を向く。特に急ぐ情報じゃない。それにまだ転校初日だ。

もう一度、目だけを動かして快斗の方を見た。
快斗は教科書を出してもいないが、先生が注意しないことからして頭が良
いのは本当なのだろう。

手元の教科書に目を落として思考に耽る。
この学校にはメリットがたくさんある。そこに黒羽快斗が関わって来よう
がこまいが、動きは慎重に計算しなければならない。







SHRが終わり、騒がしくなった教室を新一は誰にも気づかれることなく抜け
出した。少なくとも、そう思っていたのだが。

「工藤!」

階段に足を掛けたところで、背後から呼び止められた。必死にも聞こえる
その声は委員長だ。

「びっくりしたよ、気づいたらいないから……先生から、放課後工藤に校
内を案内するようにって、言われてるんだけど」
「……ああ」

新一はにこやかな笑みを浮かべて言った。

「ありがとな。でも大丈夫だ、校内図は頭に入ってるから」
「そうか。……でも今、上に行こうとしてたよね」
「ああ。屋上があるって聞いてたから」

あくまで純粋な笑顔で言う。屋上が立ち入り禁止なのはもちろん学校案内
のパンフレットを読んで知っていたが。

すると委員長は困ったように眉を寄せた。

「えーっと、屋上は立ち入り禁止なんだ……その、特別な人たちを除いて」
「あ、そうなのか……特別な人たちって?」

こてんと首を傾げた新一に、委員長の顔がほんのり赤くなった。そして緩
く微笑んだ口元はそのままに少しだけ目を細めて見つめれば、委員長は息
を呑んでさらに赤くなった。
その素直な反応に、心の中で新一はにやりと笑う。

「あ、えと、それは説明するから、こっちに……」

委員長に導かれるままに近くの空き教室に入ると、委員長は適当な机の上
に座った。新一も座るように手で示す。

「えっと、まずこの地域一帯のことなんだけど……」

委員長はこの近辺の地域を仕切っているチームという不良集団のことを話
し始めた。
江古田近辺は『浪花』という大きなチームが支配し、同時にその他たくさ
んのチームが蔓延っていること、そしてこの江古田高校自体、『浪花』が
深く食い込んでいること。

「それで服部さんってのが、『浪花』の総長なんだな?」
「そう。この学校の2−A、服部平次」

服部平次のことは、詳しい人間が近くにいたので元々情報として知ってい
たが、そこはあえて知らないふりをしておく。

「2年? 俺らと同学年なのにさん付けなのか?」
「まあ、不良って言ってもすごく良い人だから、別に呼び方が決まってる
わけじゃないんだけど。チームの人たちは年齢関係なく『総長』か『服部
さん』って呼ぶし、周りも影響されて」
「へぇ、なるほどな。それで屋上に出れるってこと以外に、奴らにはどん
な特権が与えられてるんだ?」
「いや、特権って言うか暗黙の了解って言うか……学校内で集まる時は大
抵屋上か、第二図書室を使ってるらしいよ」
「第二図書室?」

新一の片眉が僅かに上がったが、委員長はそれに気づかずに続けた。

「ちょっと埃っぽいけどソファが置いてあるし、居心地いいんじゃないか
な」
「へぇ?」

新一は指を顎にかけ、考える素振りをした。

「………よし、わかった」
「工藤?」
「ああ、委員長。ありがとな、色々説明してくれて。俺そういうチーム?
とかよくわかんねーからさ、これからも教えてくれると助かるな」
「うん、もちろん」

新一は今日一番の満面の笑みを浮かべると、ひらりと手を振って先に教室
を出た。
そして、上手くやればおもしろいことになるかもしれない、と無意識に浮
かんだ笑みを隠すため、新一は口元を覆った。


















出会い。




2012/10/12