(17)
放課後、掃除当番をサボってどこかへと消えた快斗の代わりに掃除をさせられ た新一は、ゴミ箱を持って校舎裏のゴミ捨て場へと向かっていた時にその光景 を目撃した。 「とっとと財布出せよ」 「学校に黙ってバイトしてるくらいだ、腐るほどあるんだろうが。なあ?」 「そ、そんな……許してください……」 「別にいいんだぜ、学校に報告してもよ」 小柄で眼鏡をかけた地味な生徒を壁際に追い詰めている2人の男子生徒。明ら かに恐喝だとわかる現場に出くわして、新一は思わず溜息を吐いた。 確かに不良の多い学校だが、服部平次の平和的統治のもと、こういった行為は 厳しく取り締まられているはずだ。 はっきり言って関わりたくないが、そこを通らないとゴミを捨てられない。 まさか見て見ぬふりをするわけにもいかず、新一はゴミ箱を持ちなおして近寄 った。 「ちょっと君たち」 「ああ゛?」 「何だお前」 振り返って凄んできた不良生徒2人に、新一はあくまで爽やかなプリンス・ス マイル(命名黒羽快斗)を浮かべて言った。 「それは僕が聞きたいね。学校で恐喝なんて感心しないな」 「うるせぇんだよ。部外者は黙ってろ」 「部外者だけど、風紀にはさっき連絡しておいたから、直に来るんじゃないか な」 しかし、不良たちは予想に反してにやりと笑みを浮かべた。 「風紀? じゃあ風紀が来る前にテメェをぼこってやるよ」 慌てるどころか、余計に好戦的な態度を見せる彼らに、新一は内心眉を顰めた。 服部平次の指導のもとこの学校の不良たちを取り締まっているのは風紀委員だ と聞いていたから、それでこの2人を追い払えると思ったのに、誤算だったよ うだ。 (信じてないのか? ……それとも、こいつら風紀を手懐けてやがるのか?) どちらにしても、状況は芳しくなかった。 不良2人くらい簡単に伸してしまえるのだが、それを工藤新一がやったとなる とまずい。 ただでさえ『浪花』が血眼になって第二図書室の襲撃者を探しているところな のだ。容疑者の一人である自覚のある新一は、今のタイミングで喧嘩ができる ことを知られるのは避けたかった。 こんなにあっさり黒猫の正体がバレてしまったら、面白くない上にカッコ悪い。 癪だが、ここはわざと殴られておくべきだろうか。その代わり、後で十倍にし て返す。 一人が拳を振り上げるのを新一は無表情で見ていた。 喧嘩ができないことを印象づけるために、新一は受け身をとることすらしなか った。 身体の力を抜き、左頬を殴られた勢いのまま後ろに倒れる。大して重い一撃で はなかったが、無抵抗のまま攻撃を受けるというのはやはり痛い。 頬を覆うようにして顔を隠し、ちらりと見上げると、恐喝されていた眼鏡の生 徒はいつの間にかどこかへと姿を消していた。 もう一人の不良がだらだらと近寄ってきて、蹲る新一に第二撃を与えようと足 を引いた。 (あ、蹴られる―――) これは大いに気に入らない。 (この俺が、蹴られるだと?) もとはと言えば、『浪花』へのささやかな報復も、意識の有無の確認のためと は言え蹴られたことが発端だったのだ。 やっぱり作戦変更、逆切れしたという設定で反撃しようと、投げ出された足に ひそかに力を込めた時。 「はーい。ストップ」 不良と新一の間に、突如として割り込んだ人間がいた。不良が繰り出した蹴り を、同じく蹴りで相殺したのだ。 「っ、B組の黒羽!」 「おい、行こうぜ……」 快斗の顔を見た瞬間、不良2人は居心地悪そうにその場を去っていった。 「く、ろば……?」 一応苦しそうに頭を上げると、くるりと振り返った快斗がしゃがんで、身を起 こすのを手伝ってくれた。 「工藤、大丈夫かよ?」 「ああ、何とかな……オメーは何でここに?」 もとはと言えば、掃除当番をサボった快斗のせいで絡まれることになったのだ。 恨めしげな視線を送ると、快斗は誤魔化すように笑った。 「いやー、ちょっと告白受けてたっつーか? ほら、俺人気者じゃん?」 なるほど、それでこんな人気のない場所に居合わせたのかと納得する。 手を借りて立ち上がると、快斗が呆れたように言った。 「もう、弱いならああゆう奴らに関わっちゃ駄目だろ」 「そういやオメー、強ぇんだな」 「え? いや、それほどじゃ……」 「謙遜すんなよ、さっき蹴りを止めてただろ。何か恐れられてたし」 「恐れられてたわけじゃねーって。ただ、結構顔がきくってだけで」 「それって、服部って奴と仲いいからか?」 「え?」 快斗が驚いたように新一を見る。その目に探るような色が一瞬浮かんだのを、 新一は見逃さなかった。 「俺、そんなこと言ったっけ?」 「いや、この間絡んできた不良どもが言ってた」 本当は、2人の間に何かがあるというようなことしか言っていないのだが、こ うして鎌をかけるチャンスをみすみす逃す新一ではなかった。 「って絡まれたの?!」 「ああ。この間オメーが休んでた日に、一人で屋上に行ったらな」 「マジかよ……で、大丈夫だったのか?」 「ああ。生徒会長が助けてくれた」 「せ……?!」 「そういや友達なんだってな。会長が言ってたぜ」 「………」 何だがぐったりしている様子の快斗に、新一は首を傾げた。 それにしても、頬がずきずきと痛む。これは腫れてるだろうなと思うと、わか っていたこととは言え溜息が洩れそうだった。 「……―――」 「ん? 何か言ったか?」 「あ、いや。保健室行くか?」 心配そうに覗きこんできた快斗に、新一は首を振る。 「いい、後で湿布でも貼っときゃ治んだろ」 「明日は女の子たちが騒がしくなりそうだな。『きゃあ、工藤君の綺麗な顔に 傷が!』ってな」 「……オメー、面白がってるだろ」 「そんなことねぇよー?」 にやにやして言った快斗に、新一は今度こそ盛大な溜息を吐いたのだった。 *** 自分の友人が不良生徒に殴られるところを、快斗は2階の窓から見ていた。 大して威力もスピードもない攻撃を受け止めるどころか避けることすらできず にまともに食らった新一に顔を顰めながらも、その目は冷静に観察していた。 相手の攻撃の勢いを殺した様子はない。受け身を取った様子もない。 工藤新一はどこからどう見ても、喧嘩のできない人間だった。 次の攻撃が放たれる前に、快斗は飛び出していた。 不良たちは察して、そそくさと去っていく。 一体自分は何を期待していたのだろうと、快斗は自問自答する。 いくらリストに名を連ねていたからと言って、喧嘩の実力を検証するために、 仮にも友人を攻撃させるなんて。誰に言われるまでもない、クズのやることだ。 せめて新一が反撃してくれればよかった。 ただの猫かぶりなお坊ちゃんじゃなくて、本当に喧嘩が強ければ―――。 だがそうなれば、新一を襲撃者として疑わなければならなくなる。もし新一が あの時反撃に出て、あまつさえ2人を軽く倒していたとしたら、自分はどうす るつもりだったのだろう。友人の顔をしたまま、探るために新一の傍にい続け たのだろうか。 考えてみても、答えは出ない。いや、答えを出すのが、初めて怖いと思ったの だ。 自分で練って命令した策なのに、快斗はとてつもなく後悔していた。 「……ごめん」 新一が頬を擦ったのを見て、思わず溢していた。 「ん? 何か言ったか?」 「あ、いや。保健室行くか?」 誤魔化して、心配げな顔で覗きこむ。心配なのは本当だ。自分で仕組んだこと とはいえ、綺麗な顔に傷をつけてしまったことに罪悪感が湧いてくる。 覗きこんだ時に、こちらを見てくる瞳が青みがかっていることに、快斗は今更 ながら気がついた。カラコンではない、自然な青だ。これまでこんなに近くで 顔を見たことがなかったから、気づかなかった。 (綺麗だな……) 気づいた途端、それまでも美形だとは思っていた新一の顔が、急に美しさを増 した気がして、快斗は焦った。 (やばい、引き込まれる) このままでは目が離せなくなる気がして、快斗はからかうふりをして無理やり、 近づけていた顔を離した。 笑顔の裏に本当の意図を隠すのは自分の得意分野だ。だが、今はそれが上手く できているかわからなかった。 「……黒羽さん」 駅前で新一と別れた後、快斗が一人でカラオケボックスに入っていくと、非常 階段の死角から少年が現れた。さきほど、不良生徒2人組に絡まれていた地味 な眼鏡の少年だ。 「本堂。待たせたね」 2人はここで落ち合う予定だった。 「出来はどうでしたか?」 「上々。さすが『浪花』の現諜報部隊長だね」 「いえ……黒羽さんや世良さんに比べたらまだまだですよ」 少年――本堂瑛祐は謙遜するように首を振った。 『浪花』や『レッドブロッサム』などの大きなチームには、戦闘要員以外に情 報を集める諜報員のグループがある。時にはチームの内部調査を行うこともあ るため、部隊長以外の平の諜報部隊員は基本的に幹部しか把握していない。 『浪花』には現在ほぼ専属で動いている黒燕がいるため、諜報らしい活動はあ まりしていないが、こうして黒燕の要請でメンバーが貸し出されることは時た まあった。 「お前は傍で見ていてどう思った?」 快斗が尋ねると、瑛祐は躊躇いながら口を開いた。 「その……喧嘩ができるような人には、見えませんでした。僕と同じくらい細 いですし……」 確かに。快斗は頷く。 すると、瑛祐はじっと快斗を見つめながら、言いにくそうに言った。 「……助けに、入りましたね」 「え?」 「あの人が一発殴られた後、黒羽さんが助けに入って、正直驚きました。あっ、 すみません……」 言ってから慌てたように謝った瑛祐に、快斗は気にするなと手をひらひら振っ た。 瑛祐の驚きようもわかる。黒燕は情報収集となるとどこまでも冷酷になれる。 それが目的のために必要ならば、人が目の前で暴力を振るわれていようと無表 情に眺めているような人間だった。周りが黒燕を恐れる理由はそこにもあった。 ―――本当に、とことん調子を狂わせてくれる。 『黒猫』も、工藤新一も。 最初は瑛祐出すつもりなかったんですが。 快斗はそろそろ自覚しそう…… 2012/11/20 |