(16)















「新一! ちゃんと説明しなさいよ」

目の前で目を吊り上げる女子高生二人に、新一は頬を引き攣らせた。



発端は一本の電話。
昨夜『浪花』のアジトから遅くに帰ってきて寝不足の新一が、枕に突っ伏した
まま鳴った携帯電話に出ると、訳も分からず耳元で大きな声を出されたのだっ
た。
それが、今日の朝のことだ。

そういうわけで、新一がのんびり本でも読んで過ごそうと思っていた土曜日は
潰されたのだった。

「黒燕と接触したんだって? それも今回が初めてじゃないって。どうして教
えてくれなかったの?」
「しかも『浪花』のアジトに乗り込んだらしいじゃない! 黒猫がとうとう
『浪花』に手を出したって、すごい噂になってるのよ!」
「つーか情報はえーよ」

たった一晩でここまで外に話が漏れるとは。
もしかして世良が話したのだろうかと思ったが、どうやら違うようだった。

「紅子ちゃんが教えてくれたのよ」
「うちの諜報部隊長をなめないでちょうだい!」
「なめてねぇって……」

むしろあまり関わり合いになりたくない人物だ。
普段はどこぞの私立のお嬢様学校に通っている、チームとはおよそ関係のなさ
そうな少女なので、いったい彼女がどのようにして諜報活動を行っているのか
は謎だ。

「『浪花』に喧嘩を売るって言ってたけど、本気なの?」

蘭の目が不安げに揺れている。
それは『浪花』の同盟チームの頭という立場としての心配でもあり、同時に幼
馴染への心配でもあった。新一が本気で『浪花』と対立することになったら、
蘭は板挟みになってしまい、どちらを取るか選ばなくてはならなくなる。
そんなふうに大切な幼馴染を悩ませることは、新一の本意ではなかった。

「まさか。ちょっと憂さ晴らししただけだから問題ねぇよ。それでちょっと服
部と話をしに行ったら、運よく黒燕も現れたってだけさ」

本当は、黒燕を釣ることの方が目的だったのだが。

「運よく、なの……?」

蘭は、黒燕の手腕を聞いて知っている身として、新一と黒燕の接触を警戒して
いる。
新一としてはだからこそ余計に黒燕を引きずり出して対峙してみたいというの
が本音であり、演劇部のウィッグを盗み出したのも、半分は黒燕の手腕を試す
意味合いがあったのだ。

いまだに風紀が抜き打ち持ち物検査を実施しないところを見ると、ウィッグが
フェイクであることは見抜かれたらしい。いたずらが一つ潰されたのは残念だ
が、噂に聞く通りの黒燕の洞察力に、新一はこれまで以上に楽しくなった。

だが、今のところ厳しい追及の手は感じられない。本当なら、第二図書室襲撃
の容疑者の一人として、今ごろ工藤新一の方ももっと容赦なく探られるのかと
期待すらしていたのに。

「まさか、あいつのおかげ、とかじゃねぇよな……」

帝丹高校のトップに君臨する人物を思い浮かべる。
もしかして、黒燕も彼女を恐れて、帝丹に手を出しかねているのだろうか。
ありえそうで怖い。

思わぬところで彼女の影響が響いていて、新一は溜息を吐いた。




「それじゃあな。蘭、園子。……小泉さんにもよろしく」

言わないとどこかで見ているかもしれない彼女に呪われそうな気がして、慌て
て付け足す。

「うん。気をつけてね」

ここ鈴木邸に出入りする時は、帽子を深く被り、眼鏡をかける。特徴的なクセ
毛と目の色を隠すためだ。ついでに服装もユニセックスなものにすれば、(不
本意ながら)遠目にならパッと見、姫たちとお茶をしにきた女友達に見えるら
しい(この変装を提案したのは園子だ)。

だがこの程度の変装、あのツバメ男にどこまで通じるだろうかと、頭の片隅で
考える。いや問題はむしろ、あの美しい諜報部隊長の管轄である『レッドブロ
ッサム』のセキュリティーに手を出す勇気があるかどうかの方な気がする。

「あ、そうだ」

蘭の声が背中にかけられる。

「今度来る時は、新一の友達を紹介してね」
「……おう」

二人に見送られて、新一は鈴木邸を出た。



                 ***




暗い部屋の中、デスクに設置されたいくつものディスプレイの青白い光が快斗
の顔を照らし出す。

そのうちの一つの画面を見て、快斗はにやりと唇を歪めた。

「やっぱりな。色んなチームの奴らの寄せ集めだったわけか」

そこには、二日前の夜に快斗を襲った連中の名前と所属チームが並んでいた。
ほとんどが隣町か、もっと離れた地区のチームの奴らだ。

その程度の距離で黒燕の情報網を潜り抜けられるとでも思ったのか。『浪花』
の過激派の連中は腕っ節ばかりで頭を使わないのが欠点だ。まあ寄せ集めとは
言え、短時間でこれだけの人数を集めたその手腕だけは、認めてもいい。

この件は彼らのボスである服部には報告してあるが、個人的にはどんな報復を
しようか。

それを見越していたのか、報告した際、服部は「ほどほどにな」と言っていた。


だが、それはひとまず置いておいて、今一番気になるのはやはり黒猫のことだ。

このあたりで一番の規模を誇る『浪花』のアジトに一人で乗り込んでくる大胆
さ。
肝の据わった奴だとは思っていたが、突然現れるとは予想外だった。

あの日、黒猫が『浪花』のアジトにやってきた理由。

おそらく、自分だろうな、と快斗は思っていた。
目的はわからないが、服部への「報告」を理由にして、黒燕をおびき出そうと
したのだ。そして、隠しカメラでアジトの様子を窺っていた快斗は、まんまと
釣られたってわけだ。

だが、その事実を悟っても悔しいと思うどころか、わくわくする自分がいる。

気ままに現れては無関心と気紛れを示すような黒猫が、自分に興味を持ってい
る。

そう思うだけで、快斗は胸がカッと熱くなってドキドキするのを感じていた。
その感情が何を意味するのかは、わからないけれど。


「……ん?」

不意に、別のディスプレイに視線を映した快斗は、そこに映っていた光景に違
和感を覚えて画面に顔を近づけた。

あまり鮮明な映像ではないが、人物を識別することくらいはできる。

自分のカメラもありとあらゆるところに設置してあるが、できれば主に経済的
な理由で、セキュリティーシステムにハッキングしてすでに設置してある防犯
カメラを覗き見する方が好ましい。

このディスプレイに映っている映像は、そんな防犯カメラのうちの一つだ。

「……誰だ?」

同盟チームの動向を探るというのは、『浪花』から特別な依頼がない限り今ま
ではしていなかった。特に『レッドブロッサム』の諜報部には苦手な相手がい
るため、下手に手を出すと後でどんな嫌がらせをされるかわからない。

だが『黒猫』と世良が知り合いだと確信し、もしかしたら『レッドブロッサム』
も何か知っているかもしれないと疑いがかかった今、怖気づいてそんな悠長な
ことは言っていられない。何せ、黒猫直々に挑発されたのだから。

そしてその挑発に自ら乗った快斗は、『レッドブロッサム』の姫たちがたびた
び集まる鈴木邸の門の防犯カメラにハッキングをかけていたのだった。

そこに映っている、見慣れない人物。

縁の太い眼鏡のせいで顔はよくわからないが、総長の毛利蘭と参謀の鈴木園子
に見送られて屋敷を出る少女。

一瞬、世良かとも思ったが、よく見れば違うとわかる。

「姫たちの友人か……?」

女友達を自宅に招く。女子高生の日常として普通のことだが、快斗の勘が、何
かあると告げていた。

快斗は画面を視線の端に捉えながら、防犯カメラのデータベースに入り込む。
鈴木邸のセキュリティーシステムでは、かなり長期間の防犯カメラの記録が保
存されているはずだ。

やがて、いくつかのデータに辿りつく。

「これは数週間前の……ここにも同じ人間が映ってる」

遡っていくうちに、素性のわからない少女がこれまで何度も鈴木邸を訪れてい
ることを知った。
そしていくつかの映像を見ているうちに、ある可能性に気づく。
映っていたのは玄関から門までの短い距離だが、体型を隠すようなボーイッシュ
な服装、蘭や園子よりも高い背、歩き方、靴と足のサイズ。

(まさか……男か?)

『浪花』以外の男とは悉く接点のない『レッドブロッサム』の姫たちと、それ
も総長と参謀と親しげな男。

そんな男がいたなんて情報、知らなかった。

「くそ、何で今まで気づかなかったんだ」

いくつもの映像に映るその姿を繰り返し見るうちに、快斗は確信を抱いていた。

これは『黒猫』だ。

それはほとんど勘だったが、自分の勘を快斗は何よりも信じていた。

やはり、『黒猫』と『レッドブロッサム』は繋がっていたのだ。


ついさっき、黒猫が鈴木邸から出てきた時の映像をプレイバックする。快斗は
その映像をじっと見つめた。

門を出て、カメラの視野から外れる直前、黒猫がふと顔を上げる。
そして、眼鏡越しに向けられる視線。

帽子の影の中で、その口元が一瞬、にやりと笑ったような気がした。



























後ろ姿だけだと女か男かわからない方って結構いますよね。新一もそのタイプ
かと。

帝丹のトップはもちろんあの方です。後々登場します。


2012/11/17