(14)

















「う〜〜〜〜ん………」


昨夜、黒燕に渡されたリストを見なおしながら、服部は唸っていた。

名前の数は39。
一緒にサボっていたという『浪花』のメンバーの裏を取れば、残りは28人。
明らかに体型が証言と異なる生徒を除外すれば、20人にまで絞ることができ
た。

だが、そこから先はどうすればいいのか。
相手は相当に頭のきれる奴だ。下手に動いて警戒されては、余計に捕まりにく
くなる。
ここは慎重な判断が必要だった。

快斗と違い、先を読んだ綿密な計画を立てるのが苦手な服部は、早くも根をあ
げていた。


たった二日前に何の前触れもなく起こった事件を、服部は思い出す。目を閉じ
れば、あの場の空気までもが再現されるようだった。

まるでゴミのように乱暴に積み上げられた生徒たち。
彼らは悲痛に歪んだ表情を浮かべ、支えなしではしばらく起き上がることもで
きなかった。

あの後、念のため全員保健医に診てもらい、手当をしてもらった。幸いにも大
した怪我はなく、保健室での簡単な手当で済んだのだが、彼らの落ち込みよう
は見ていられなかった。関東でも名高い『浪花』の過激派としての自負が、た
った一人の少年に無残にへし折られたのだ。

ガチャ、と鍵のかかった扉が引っかかり、服部の入室を拒んだ感触が蘇る。
扉のむこうで待ちかまえているはずだった、見えない敵を思い、服部はあの時
唾を呑みこんで覚悟を決めた。

それなのにいざ扉を蹴り破れば、そこはもぬけのからで、そんな服部を嘲笑う
ように、白いカーテンが風に揺れていたのだ。

「精神的ダメージな……」

鍵をかけておいて逃げたのはわざとだろう。
服部にショックを与えるためだけにわざわざ演劇部からウィッグを盗むような
奴だ。およそすべての行動が計算されたものだと考えるべきだ。

これほどに性格の悪い奴は快斗以来だと、服部は頭を抱えた。

何より厄介なのが、目的が見えないことだ。

堂々と宣言して第二図書室を乗っ取ったわりに、あっさりとその場を離れ、そ
の後二日経っても現れる気配がない。
そしてそれだけの腕っ節があるというのに、服部に直接喧嘩を売ってくるつも
りもないようだ。

悪意のない悪戯のようだと言っていた快斗の言葉が思い出される。

姿の見えない、イメージすらつかめない、まるで幻のような襲撃者。

計算高く高慢な自信家、そのくせ気ままで無関心にも思える。


その時、ふと、奇妙な既視感に襲われる。
ハテと眉根を寄せて、そしてその瞬間、服部の脳裏に蘇る光景があった。

沢袋駅の裏にある廃ビル、『ブルーレパード』のアジトに駆けつけた時のこと
だ。

地面に倒れ伏した屈強な男たち。皆大した外傷はなく、だが、それがたった一
人の手によって生み出された光景だと思うと鳥肌が立った。

「せや、あの時も……」

皆、気絶させられた者たちは大した傷を負っていなかった。『黒猫』が現れた
時と似ている。
何より、襲撃の後に残された空気が似ている。
何か想像のできない出来事があったような、寒気のする異様に静かな空気だ。

今回の事件では、足技について誰も口にしていなかったから気づかなかったが、
もし、『黒猫』が江古田に紛れこんでいて、今回の襲撃の犯人だとしたら……。

足技を控えたのはカモフラージュかもしれない。


「あーくそ……黒羽に相談せな」

服部はガシガシと頭を掻いた。




その時だった。


「総長!!!」

ノックもなしに、勢いよくアジトのバックルームの扉が開けられる。
そこには慌てた様子の幹部が立っていた。

何だか最近よく見るようなシチュエーションだなと呑気に思った服部だったが、
何やら様子が違うようだ。

「どうしたんや?」
「そ、それが……」

説明のしかたがわからないとでも言うように、狼狽えて意味の通じる言葉が出
てこない幹部に首を傾げる。

すると突然、開けっぱなしの扉の向こう、幹部の背後でざわついていた店内か
ら、一際大きなざわめきと怒号が上がった。



「おいテメェ! ここに何しに来た!!」
「まさか……」
「あいつが噂の……?」
「何でここに……」
「俺たちが叩きつぶした方が……」
「でもこっちから手出したら総長に怒られるだろ……」

一斉に向けられる何十もの視線と囁き声を気にもせずに、一人の少年がスタス
タと店内を横切り、真っ直ぐにバックルームへと歩を進める。
すかさず進み出て立ちふさがった幹部の一人が、少年を見下ろして鋭い目で睨
みつけた。

「止まれ。何しに来た」
「……あんたらの総長に会わせろ」
「服部さんに何の用だ」
「話をしに来ただけだ。心配ねぇよ、喧嘩するつもりはねーから」

少しのからかいと笑いを含んだそれに、対峙していた幹部は一層睨みを鋭くし
た。

「信じられるか」
「ふぅん。ま、いいけど。つーか、俺に会いたがってたのはそっちの方だと思
ってたんだけど?」
「それは……今すぐお前をここでボコッて色々吐かせることもできるんだぞ」
「それこそいいのかよ? 『浪花』の幹部が無抵抗の一般人に手を上げたって
噂が流れても。あんたが慕っている総長の名前に傷がつくぜ」

それに、あんたらにできんのか?
ぽつりとつけ足された少年の言葉に、幹部の顔に朱が走った。そして振りかぶ
られた腕に、周囲があっと声を上げ、少年がこっそり口の端を吊り上げる。


「はい、そこまで」

振りかぶられた幹部の腕を、誰かがパシッと受け止めた。
カウンターで一人事態を静観していた世良だった。

「ふ、副総長!」
「世良さん!」

ほっと胸を撫でおろした周囲に、にっこりと微笑みかける世良。突然の邪魔に、
少年は心なしか残念そうだった。

「世良さん、どうして止めるんですか?!」

頭に血が上った幹部は、腕を下ろしながらも悔しそうに言った。

「……そうだね、君は―――」

にこりと笑った世良は、だが次の瞬間、身体を捻って足を振り抜いていた。

「ぐあっ」

幹部が見事に吹き飛ばされ、背後の壁に激突する。
しんと静まり返った中で、かろうじて意識を飛ばさなかった幹部の苦しそうな
呻き声だけが聞こえた。

「……君は『浪花』の幹部として相応しくないよ。あんなに簡単に挑発に乗っ
たりして」
「せ、ら…さん……」

そして世良はくるりと少年を振り返った。

「総長は君に会いたがっている。さあどうぞ」

途端に沸き起こるどよめきの中、少年は顔は見えないものの心なしか不機嫌そ
うに、バックルームへと入っていった。























2012/11/11