(13)














いつもよりも格段に多いスイーツという名の情報料を受け取った快斗は、気ま
ずげな緊迫感に包まれたアジトのバーを出た。
幹部連中から向けられる疑いを含んだ視線を気にする風もない。そんなことよ
りも、快斗の頭は新一のことでいっぱいだった。

もし本当に新一が今回の襲撃事件の犯人なら、自分は一体どうするのだろう。
これまでどおり、『浪花』にその情報を売るのだろうか。


俯き加減で暗い路地に折れる。
いつも使う近道だ。


その時、複数の気配を感じて快斗は内心舌うちをした。考え事をしていて、不
覚にも気づくのが遅れた。


前後の道を塞ぐようにぞろぞろと現れたガラの悪い不良たち。分厚い壁のよう
に立ちふさがる彼らは、各々が物騒な武器を手にしていた。

(40……いや、50はいるな)

たった一人を相手にするのにずいぶんな念の入りようだが、黒燕相手なら妥当
と踏んだのだろう。

「……なめられたもんだね」

ここ最近大人しくしていたからか、時折闇討ちをしかけてくる愚かな連中がい
るのだ。足と耳がはやいだけの情報屋となめられては堪らない。


「てめぇが黒燕だな」

壁の先頭に立つ男がドスをきかせて問う。答えを待っている様子ではなかった
ので、快斗は軽い調子で肩を竦めるだけに留めた。

そしてそれが、合図になった。


一斉に飛びかかってきた不良どもの手が届く前に、快斗は傍のゴミ箱に飛び乗
り、中空へと高くジャンプする。舞い上がったその姿はまるで鳥のようだと、
以前服部が言っていた。

一人の不良の頭を踏み台にして、再びジャンプする前に周りの数人を蹴り倒す。
そうして幾人かの頭や肩を足蹴にしてジャンプを繰り返す。

驚異のバランスが可能にする長い空中戦を得意とする戦闘スタイル。二股の長
いコートの裾を翻しながら空中を自在に飛び回るその様子から、『燕』の名で
呼ばれるようになったのだった。

「よ、っと」

狭い路地を挟む高い壁の僅かな出っ張りに手を掛けて、快斗は次に降りるタイ
ミングを計った。たった数分の間に人数は三分の一ほど減っていた。

快斗は一度の攻撃で仕留めるタイプだ。上からの攻撃という性質上しかたない
のだが、迷わず首や顔に重い一撃を入れるため、その容赦のなさからも恐れら
れている。このことは、『黒燕』の名の由来を知っていても、実際に戦ったこ
とがなければ知らない輩が多い。


快斗を引きずり降ろそうとあらゆる物を投げてくる連中を見下ろして、快斗は
目を細めた。

武器を振り回している不良どもの中に、見知った顔があった。
―――『浪花』の過激派のうちの数人だ。

おそらく件の第二図書室襲撃について、幹部が江古田に潜んでいるという『黒
燕』を疑っていることがどこからか漏れたのだろう。というより、先ほどのバ
ーでの空気を見れば、誰かしらが気づいても不思議はない。

後で服部に仕返ししとかなきゃな、と服部が見ていたら青くなるような獰猛な
笑みを浮かべて、快斗は飛んできたナイフをひょいと避けた。
そして手を離すと、壁を強く蹴って、痺れを切らした荒くれどもの中に飛び込
んでいった。








(ちょっとやべー、か……?)

快斗と言えど、さすがに50人以上を一人で相手にするのはきつい。
しかもさきほど視界の隅で携帯を使っている輩を見かけたから、もう五分もす
ればさらに敵が増えかねない。

一見有利に見えた大人数を狭い路地で相手にする戦闘は、その実広い範囲で派
手に暴れ回りたがる黒燕のスタイルからすると、動き回れるスペースが減るた
め余計な時間がかかってしまうのだった。スタミナには自信があるが、多勢に
対して長引けば不利になるのは目に見えていた。

顔には不敵な笑みを浮かべたままだが、内心では焦りを感じていた。
そしてその焦りが出たのか、着地しようとした男の肩を鉄パイプでブロックさ
れてしまい、それと同時に放たれた背後からの攻撃を避けるために、快斗は地
面へと降り立った。

途端に、高さというアドバンテージを失った黒燕に、群がるように襲いかかっ
てくる不良たち。

「地上に降りたからって、俺に勝てると思ってんじゃねーよっ」

まとめて数人を薙ぎ倒すと、幾分か視界が開ける。倒れた奴らの後ろには、さ
らに増えたらしい敵が控えていた。

「くそ、キリがねぇな」

その時、視界の端で何かが光った。
目の前から迫りくる攻撃をかわしながら、碌な光源のないこの路地で一瞬存在
を主張したそれに、快斗はハッとした。

(懐中電灯……俺の顔を……?!)

この連中を嗾けたのは、間違いなく『浪花』の過激派だ。となると、彼らの目
的は、ここで黒燕を痛めつけるというより、『黒燕』の正体を割って町のみな
らず学校でも晒すことなのだろう。痛めつけるのは後回しのつもりだ。それが、
彼らの選んだ報復なのだ。

快斗はハットを深く被りなおそうと頭に手を伸ばした。

が、その一瞬の隙が、命取りとなった。

気が逸れた隙を逃さず振り抜かれたナイフに反応が僅かに遅れ、切っ先に引っ
かけられたハットが快斗の頭から飛ばされたのだ。


「ッ! しまっ―――」

高く吹き飛ばされたハットを目で追って反射的に顔を上げた快斗に、待ちかま
えていたようにライトが向けられ――――



カツン


突如として、懐中電灯は快斗の顔を照らしだす前に地面に転がった。


「な、何だ?!」

不良たちから困惑の声が上がる。
そしてあちこちで、一人また一人と、悲鳴や呻き声が上がった。

快斗はハッと上を見上げた。


路地を挟む古いビルの上に、誰かがいる。


そして次々と風を切る鋭い音が聞こえては、何かが不良たちに直撃しているよ
うだった。

「……小石、か?」

目を細めて何とか識別する。いくら小さくとも、石を投げつけられれば相当痛
い。原始的だが立派な武器だった。

「おい、『浪花』の援軍じゃねぇだろうな!」
「い、いや、そんなはずは……誰もまだ気づいてないはずだ……」
「『黒燕』に仲間がいるなんて聞いてねぇぞ!」

突然現れた襲撃者に慌てふためく不良たち。呆然と立ち尽くす快斗を避けるように、石
の雨が降らされる。その正確な投石に、快斗は驚愕した。

(おいおい……これ5階建てだぞ……)

5階建てのビルの上から、下の人間を識別し、正確に当てる。
下を狙う方が上に向けて投げるよりも難しいことは快斗も知っていた。それを、
大した明かりもない暗闇の中で。一体何者なのかと、快斗は戦慄した。

(やべー、久しぶりの感覚だ)

数分前の「やべー」とはまったく違う感覚だ。
大勢で向かってくるしか能のない不良どもとは格の違う戦い方に、粟立つ肌を
心地よく感じる。


―――こいつと戦ってみたい。


溢れ出した感情に、心臓がドキドキした。
















は、初めて戦闘シーンを省かないで書いたけど、難しい……。




2012/11/08