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「演劇部から備品の盗難届けが出とる。うちの幹部は、ヤツが演劇部から拝借 した鬘を使うたと思てるわ」 「ああ、知ってる。先週、ウィッグと小道具がいくつか盗まれたんだろ……け ど、これはおそらくフェイクだろうな」 第二図書室襲撃事件(服部命名)の翌日、服部はここ数日学校を休んでいる快斗 とアジトのバーで落ちあい、これからの対策を相談していた。 バックルームには鍵を掛け、今は幹部ですら入ってくることはできない。常に ない非常事態だった。 「フェイク?」 「ああ。かけたはずの部室の鍵が開いていて、備品の入っていたダンボールも 出しっぱなしになっていた。あからさますぎだろ」 快斗の指摘に、服部は初めて聞く現場の状態に目を丸くした。 さすが情報屋。学校内の出来事にも詳しい。監視カメラでもつけているのかと、 服部は少し呆れをにじませた。 「……けど、何でそないなこと……」 「ヤツが演劇部から盗んだウィッグを持っているとわかれば、お前らは全校生 徒の持ち物を調べるんじゃないか? 第二図書室を自分のものにすると言った からには、また現れるだろ。同じように変装して。そこで『浪花』が風紀委員 を動かして抜き打ちで持ち物検査を実施すれば、そのウィッグを持ってる奴が 犯人ってわけだ。風紀の権限があれば、個人ロッカーの中もチェックできる。 その日は持っていなくとも、何度かトライすればいつかはそいつがウィッグを 持ってきている日にかち合うだろうし。違うか?」 実は快斗の推測通りの作戦を幹部が話し合っていたのを知っている服部は、何 も言えずに無言の肯定を返した。 「ヤツはきっとそれを見越して、演劇部のウィッグを別の誰かの荷物に滑り込 ませるつもりだろうな。自分が使う本物のウィッグは、どこか別の場所に隠し てあるんだろ」 「別の生徒に罪をなすりつけるつもりってことかいな」 ひどいやっちゃな、と顔を顰めた服部に、快斗は珍しく微妙な表情を浮かべた。 「いや……それはどうだろな。何か……悪意が感じられねぇんだよな。純粋に、 ただ、面白いことがしたいだけっつーか、悪戯してるような印象があんだよな」 「悪戯の域を超えとるで……」 「たとえ誰かの荷物に演劇部のウィッグを忍ばせたところで、そいつが真犯人 じゃねぇっつーのはどうせすぐバレんだろ。この襲撃は誰にでもできる芸当じゃ ねぇからな。……おそらく本当の目的は、それがわかった時、お前らが振り出 しに戻るっつーことだ」 「つまり、おちょくられた上に真相は闇の中っちゅう精神的ダメージやな?」 「ああ」 「えげつないことしよるわ……」 やっぱり悪戯の域を超えとるで……と服部は肩を落とした。 「第二図書室に乗り込んでくる前から、ヤツは俺らの後々の計画まで読んでた っちゅうわけか……」 「読んでたっつーか、お前らが操られてんだよ」 「とんだ悪ガキやな」 頭痛を覚え始めた服部を意に介さず、快斗はチョコレートパフェに豪快にスプ ーンを入れた。ここまでの情報がパフェの代金という意味だろう。 目の前のテーブルには、いつものパフェとホットココアに加え、ケーキとパン ケーキが並んでいる。普段の情報提供量よりも格段に多くを望んでいるという 『浪花』側の意思表示であり、依頼だ。 「それより、気になんのは鍵の方だ……第二図書室はもちろん、演劇部のウィ ッグが本当にヤツの仕業なら、ヤツは校内のどの鍵でも開けられるってことだ。 そんなこと、普通の生徒にできるわけねぇ」 「せや、やから教師陣も疑うてるんや。協力者がおるんやないかってな」 「それは俺も調べたけど……どうだろうな。それはない気がする」 「何でや?」 「勘」 間髪いれずに帰ってきた一言に、服部はがっくりと項垂れた。それがまた自信 に満ちた一言なのだから、手に負えない。 「お前なぁ……」 「俺の勘なめんなよ」 「なめてへんから困っとるんやないか。本当に生徒一人の仕業やったとしたら、 只者やないで」 「そうなんだよなー」 快斗はパフェのスプーンをくわえたまま、中空を睨んだ。 そんな快斗を服部がこっそりと盗み見る。 2人の間に今日初めて、沈黙が流れた。 「…………言わねーなら、当ててやろうか」 変わらず中空のどこかを睨みながら、快斗が口を開いた。 「お前んとこの幹部連中……この俺を疑ってんだろ」 服部が息を詰めた。 「まあ、職員室から鍵を盗ったり、『浪花』の過激派連中を簡単に伸したりで きんのは、この学校じゃ今のところ俺かお前しかいねぇもんな」 幹部なら、快斗の黒燕という裏の顔を知っているのだから疑うのも当然だ。 「わ、悪い……俺はちゃう言うたんやけど……」 説得できなかったのだろう。そしてその原因は、快斗にもあった。 「しかたねーよ。俺はその日、サボってたんだからな」 襲撃のあった日の3時間目、快斗は教室にいなかった。 授業中であったが故の絶対のアリバイを、快斗は持っていないのだ。 だが逆に言えば、これはチャンスでもあった。 「見ろよ。あの日、3時間目の授業に出席していなかった生徒のリストだ」 快斗は折りたたまれた紙切れを放った。 丁寧に広げると、そこには総勢39人の名前と所属クラスが載っていた。 「……たった一日でよう集めたな」 「そんなん何でもねーよ。季節の変わり目で風邪の奴が意外と多いけど、中に は何人かで一緒にサボってた『浪花』のメンバーも含まれてるから、そいつら は裏を取れば外せるだろ」 「ああ……」 リストを順に目で追っていく。 どうやら女生徒は外されているようだった。 不意に、そこに見つけた名前に、服部は目を留めた。 「おい、ここにおるん……」 リストを作成した本人が気づいていないわけがない。だが、服部はその名前を 口にせずにはいられなかった。 「工藤、新一……」 快斗は相変わらず中空を見つめていて、微動だにしない。 「お前が仲良くしとる転校生やろ? ……まさか」 「どうだろな。まだ調べてねーから何とも言えねぇけど」 まだ未知数の転校生として目立っている中で計画のために休んだりしたら、疑 いを向けられて当然だ。ここまで念入りで先を読んだ計画を立てる人間が、こ んな初歩的なミスを犯すとは思えないというのが、快斗の正直な印象だ。 だが同時に、その裏を読んでいる可能性も否めない。 「工藤新一……どんな奴なん?」 快斗はここ数日会っていない新一の顔を思い浮かべた。 二重人格で、本性はとても性格がいいとは言えないが、時折本人も無自覚であ ろう、楽しそうな笑顔を浮かべたことが何度かあった。 プライドが高いくせに、根は優しい。 容赦のない性悪のくせに、曲がったことは嫌い。 いつの間にか、思っていた以上に新一を見ていたんだなと、快斗は自分に驚い た。 「……さあ」 曖昧に濁すと、服部は驚いたように瞬きを繰り返した。 「周りの人間のことをお前が把握してへんて、珍しいこともあるもんやな」 「……帝丹は探り入れにくいんだよ」 これは本当だった。 帝丹の周囲で情報収集をすれば、耳ざとい世良や『レッドブロッサム』がその ことに気づくだろう。世良に悟られるのは何だか気に食わないし、『レッドブ ロッサム』は、いくら『浪花』と同盟を結んでいるとは言え、自分のテリトリ ーを探られるのは良い気がしないに違いない。 それに加え、帝丹には快斗でさえできれば関わり合いになりたくない人がいる。 他のチームのテリトリーなら遠慮のない快斗だったが、帝丹に関しては少し慎 重になっていた。 「それはそうやろうけど、こうなった以上手出さへんわけにいかんやろ。『レ ッドブロッサム』には俺から和葉に言うとくわ」 「ああ……そうだな」 周りの人間のことは、これまで悉く調べつくしてきた。 出身や通っていた小学校、中学校、親の仕事、年収、月々の小遣いの額、学校 の成績、交友関係、部活、趣味、パソコンのアクセス履歴、携帯メール、果て は毎日の起床・就寝時間や弁当の中身まで。 調べれば調べるほど人間の粗が見えてくる。 そしてそこまで一人の人間を調べることができるのは、その人をただの調査対 象として客観的にしか認識していなかったからだ。 気づけば、近くにいることを自然と許していた工藤新一。 色んな表情を知れば知るほど、調べる意志は萎んでいった。 その新一が、『浪花』に喧嘩を売った男かもしれない……。 心境は複雑で、初めてのそんな感情に、快斗は戸惑っていた。 快斗が探偵っぽい…… 2012/11/05 |