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「よぉ黒羽、久しぶりやなぁ」

始業の鐘をBGMにうつらうつらしていると、屋上の扉が開いた。
立ち入り禁止のはずの屋上に出入りできるのは、この学校の裏の勢力である
チーム『浪花』のリーダーか幹部のみと、暗黙のルールがあった。

そして黒羽快斗の惰眠を邪魔したこの色黒の男は、『浪花』の総長、服部平
次である。

「急に消えたりするから、チームの連中が不安がってたんやで」

隣に腰を下ろしてそう言った服部に、快斗はあくびを噛み殺しながら言った。

「不安がってたって、何かあったのか?」
「お。黒羽もこの情報はまだ握ってへんのか?」
「しゃあねーだろ。おふくろに拉致られてアメリカに行ってたんだよ」
「ア、アメリカ……それで2週間も学校におらんかったんか。あの『黒燕』
でも、おふくろさんには弱いんやな」

快斗は肩を竦めた。

「その名前あんまり学校で言うなよ。一応俺は正体不明の影の存在なんだか
ら」
「……何や中二臭いな」
「ほっとけ!」

その名前だってオメーらが勝手に呼び始めたんだろうが、と文句を言う快斗
を宥め、服部はすっと真面目な表情を浮かべた。

「そんで、お前がおらんかった間のことなんやけどな……」
「……何があったんだ?」

快斗は相変わらずやる気のなさそうな顔をしているが、二人を取り巻く雰囲
気はぐっと真剣になった。

「ほんのここ一週間ほどや。族潰しが出たんや」
「族潰しぃ?」
「せや。立て続けにもう4チームもやられとる」

服部が指折り数えて4つのチーム名を上げた。

「……どこも20人以下の弱小チームだな。まずは腕試しってとこか……?」

快斗が考えるように言う。

「で、ただのチーム同士の抗争じゃなくて、族潰しって言う理由は何だ?」
「一人なんや」
「は?」

快斗が本日初めて、服部の顔をちゃんと見る。

「一人なんや。その族潰し」
「……たった一人で……」

快斗はちろりと唇を舐めた。

「いきなりアジトに現れて喧嘩ふっかけるらしいわ。数分もかからんで終わ
るらしいから、全員ほぼ一発で沈められてることになるわな」
「……なかなかやるな、そいつ。……名前は?」
「名前は名乗らんかったらしいけど、そいつを見た奴らは『黒猫』って呼ん
どる」
「黒猫?」
「黒いパーカーをきてフードを深くかぶっとるから顔はわからへん。動きが
しなやかで速いくせに、普通に立っとる時の雰囲気が緩いから『猫』やて」
「猫、ね……」
「ええんか、黒羽? 『鳥』の天敵やで」

幾分か悪戯っぽい色を浮かべた服部に、快斗はにやりと唇を歪めた。

「おもしろい。その猫とやらの正体を暴いてやろうじゃねーの」



服部平次率いるチーム『浪花』は、江古田高校の全校生徒のうち約2割がメ
ンバーという、この地域でも一、二を争うチームだ。総長である服部が不必
要な争いを好まない性格であるために激しい抗争はあまりないが、情の厚い
男でもあるために、下っ端がどこかのチームに痛めつけられでもしたら、総
長自ら報復に出向いた。

服部平次が不良であるという事実は公然の秘密であったが、彼は不良集団の
頭から連想されるような殺伐とした雰囲気は持ち合わせていなかったため、
彼がチームの人間以外からの信頼も厚いのは当然のことだった。
誰でも気安く話しかけられる頼もしい不良の頭。そして生徒会長とも親しい
となれば、江古田高校の実権は実質、この男が握っていると言っても過言で
はない。

そんな中、服部でさえ一目置く男がいた。
黒羽快斗だ。

快斗は『浪花』に属していないどころか、どこにも属さない一匹狼でありな
がら服部と対等の立場に立つことのできる、情報屋だった。
快斗を敵に回したチームは一つたりとも生きながらえていない。そう恐れら
れるほどの腕ききの情報屋だ。

今は『浪花』の巣窟である江古田高校に通っていることや、服部を気に入っ
ていることもあって『浪花』と協同的に動くことが多いが、他に気に入った
依頼があれば他のチームにも情報を売る。

快斗の正体を知っている人間は数少ないが、『黒い燕』と呼ばれる情報屋が
江古田高校に在籍していることはよく噂に上る。それゆえ、何かと尾ひれの
ついた噂が絶えないが、その噂を操作しているのもほとんど快斗なのだから、
それを知る服部としては何だかやりきれない気分になったりもする。


「せや。もう一つあったんや」
「何だ?」
「ついさっき生徒会長に聞いたんやけどな。今週、うちの学年に転校生が来
るらしいで」
「転校生? こんな時期に?」

季節は五月。進級してようやく落ち着いてきた頃という中途半端な時期にや
ってくる転校生。

「何かありそうだな……。男? 女?」
「さあな。そこまではわからへん」
「そっちもちょっと探ってみるか……」

自分の身の周りにいる人間は逐一調べる。いつ何時どんな情報が役に立つか
もわからないのだ。情報はあって困るということはない。


そしてその二日後。
快斗は運命の出会いを果たすことになる。


















服部さんが総長w




2012/10/10