「……ああ、明日そっちに行くから。頼むな」

そう言って受話器を置いた新一は、ソファで大人しくしていた快斗
を振り返った。

「ってことだから、明日隣に行って右手のことを相談しよう。俺も
一緒に行くから」

だが、何の反応も返さない快斗に、新一は首を傾げた。

「……快斗?」

新一のいるところからはソファの背もたれから突き出した頭の後ろ
しか見えないから、もしかして寝てしまったのかと近づく。
だが手が届く前にその頭が微かに動いた。

「……なあ新一、どうしても相談しなきゃ駄目かな?」
「え?」

どんな顔をしているのかここからでは見えないが、声に不安がにじ
み出ていた。

「確かに、二人に協力を頼んだのは俺だし、この右手を治したいと
も思ってる……」

新一は回り込んで、快斗の隣に腰を下ろした。

「……オメー、原因に心当たりがあるんだな」
「…………」
「話したくないことなら別にいい。無理に聞くつもりはない」
「……新一に言いたくないとかじゃなくて……ただ……」

快斗は言い淀んだ後そのまま口を噤んでしまった。このまま話して
いても快斗を追いつめてしまうだけだと判断した新一は再び立ち上
がった。去り際にくしゃりと彼のぼさぼさ頭を掻き混ぜる。

「隣に行くのはやめにしよう。おやすみ、快斗」







日付が変わる頃。
ナイトスタンドの明かりだけを付けて本を読んでいた新一の耳に、
ノックの音が聞こえた。

「まだ起きてる?」

ドアの向こうから遠慮がちな声が聞こえてくる。新一はベッドの上
で身体を起こした。

「ああ」

一拍の間を置いて、扉がやはり遠慮がちに開かれる。こちらを窺い
見る快斗に頷きを返すと、するりと部屋に入り込んで静かに扉を閉
めた。そしてそのまま扉のところに突っ立っている快斗に、新一は
自分の隣をぽんぽんと叩いた。

「どうしたんだ?」

ベッドの端にちょんと腰かけた快斗は、思いつめた顔をしていた。

「……俺、考えたんだけどさ……やっぱり、新一には話したほうが
いいと思って……」
「快斗、嫌なら無理に言わなくていいんだぞ」
「嫌なわけじゃない……ただ、怖くて」
「怖い?」
「新一に、軽蔑されるのが怖い。言ったら、俺はもうここにはいら
れなくなる」
「え?」
「でもこのまま黙ったままいるのは、新一を騙してるみたいで嫌だ
し……」
「え……え? ちょっと待て……」

わけがわからなくて、新一は快斗の肩を掴んだ。覗きこんだ顔は、
暗く沈んでいた。

「快斗! 何言ってんだ、俺がオメーを軽蔑するわけないだろ!」
「それは、新一が知らないから……」
「オメーは俺を見くびってる」
「でも……」
「言ったよな、俺にはオメーが必要だって」

新一は強い口調で言い切った。

「確かに俺はオメーの誕生日すら、この間小泉さんに教えてもらう
まで知らなかった。けど、怪盗キッドとしてのオメーを見てきて、
ここで一緒に暮らして、オメーが本当はどういう人間か、それなり
に知ってると思ってる……それは驕りか?」

快斗が首を振った。

「俺がオメーを軽蔑するなんてありえねぇ。自分からオメーを手放
すことなんて、できねぇよ」
「新一……」
「オメーが言いたくねぇなら、俺はそれでいい。言いてぇなら、俺
はちゃんと聞く。結果、オメーを追い出したりはしない。どうする
かはオメーが決めろ」

新一はそっと快斗の肩から手を離した。
本当は、快斗が抱えるものを知りたい。許してくれるならば一緒に
抱えたい。でもそれはすべて、快斗が決めることだ。話すも話さな
いも、残るも残らないも。どんなに近い存在になれても、すべての
秘密の共有を強いることはできない。

「……俺は、怖かった。新一が、探偵だから」
「え……?」
「どんな目にあっても、元怪盗の俺を傍に置いていても、新一は探
偵だ。だろ?」

そう言って小さな微笑みを浮かべた快斗の声は、優しくて穏やかだ。
だがその意図がわからなくて、新一は探るように見つめ返した。眩
しそうに細めた彼の瞳に浮かぶのは、何だろうか。

「新一は本当にすごいよ。どんなことがあっても、新一は探偵だ。
それに比べて俺は……」

快斗が自分の右手に視線を落とした。

「俺は駄目だった。親父が死んでも、怪盗を演じて犯罪者になって
も、俺はマジシャンでいられた。この手は夢を見せる手だって自信
があった。でも、それももう……」

ぎゅっと握りしめられた右手がぶるぶると震え出す。

「――この手は、人殺しの手だ」

絞り出されたようなその声に、新一の胸が貫かれたように痛んだ。
そしてその言葉の意味を理解した瞬間、新一は咄嗟に快斗の右手を
掴んだ。

「本物の銃を、初めて人に向けて撃った……重くて、反動で手が痺
れるんだ。音が頭の後ろでいつまでも響いてる。射撃場で練習した
時と何も違わないのに、違うんだ」
「快斗っ……大丈夫だから」
「殺す気はなかったって言ったら嘘になる。自分を守るためだった
としても、銃を手にしたってことは、撃つ瞬間殺意があったってこ
とだ。俺はあの時確かに、あの男を殺そうっていう明確な意思を持
って、銃口を向けた」

新一の手の中で、快斗の手が震える。

「俺は人殺しなんだ。そんな汚れた手でもう、マジックなんて……」
「快斗! そんなこと言うんじゃねぇ。お前の手は汚れてなんてい
ない。ちゃんと人に夢を与える手だ。希望なんてなかった俺を掬い
上げてくれたんだ、お前のその手が」

両手で包みこんだ手を引き寄せて、近くで目を合わせる。

「……俺も、組織の中枢に潜入した時には銃を持っていた。何度か
使った。それで直接命を奪ったわけじゃねぇけど、その後敵が証拠
隠滅のために建物ごと爆破して……FBIが逮捕して回収できなか
った連中は埋まっちまった。中には俺が撃って怪我させたせいで逃
げられなかった奴らもいる。そうじゃなくとも長時間放っておいた
ら失血死で死んでただろうな。……快斗、俺もお前と同じだ。直接
手を下さないことで言い逃れしてるにすぎねぇんだよ」
「新一……」
「オメーを軽蔑なんてできるわけねぇよ……」

快斗に抱きしめられた。

「じゃあ、俺まだここにいていいの?」
「あたりめぇだ」

押されるような圧力がかかって、新一はベッドの上に倒れた。あれ、
と思う間もなく唇を塞がれる。

「ん……わ……え、ちょ……」

唇が首へと下りていき、背中に回っていたはずの手がいつの間にか
ボタンを外しにかかっていたのに気づいて慌てる。すると快斗が少
し身体を起こして、至近距離で見下ろしてきた。

「だめ?」

そんなふうに聞かれたら、首を振れるわけがない。

「う……好きにしろよ」

言うや否や体重をかけるように覆いかぶさられ、ぎゅっと抱きしめ
られた。

「新一、勘違いするなよ。俺はお前の優しさを利用したいわけじゃ
なくて、俺にとってもお前が大切だから抱きたいんだ。こういう意
味で愛してるんだ、新一」
「……わかってる」

俺もだから、と小声で答えると、抱きしめられた体勢のまま急に首
を舐められた。

「わっ」

そのまま唇が下りていき、いたるところにキスされる。
くすぐったくて、こみ上げてきた恥ずかしさに身を捩ると、下の方
から小さく笑う声が聞こえてきた。

「何だよ?」
「かわいいんだもん」

もん、とかオメーの方が可愛いだろと抗議しようとした声は、突然
の下半身への刺激に遮られた。

「うわ、あ……」

性急にも感じる刺激に、あっという間にそこは硬く芯を持つ。
すると今度は脚を持ちあげられて、さらに奥の方へ指が伸ばされた。
潤滑液の代わりに舐めたらしい、快斗の唾液で濡れた指が触れてひ
やりとする。

「う……」
「痛い?」
「いや、平気だけど……変な感じだ」

指は周りを解しながら、少しずつ穴の中に侵入してきた。痛みはそ
れほどないが、違和感がひどい。

快斗は時間をかけて丁寧に解していった。異物感にだいぶ慣れてき
た頃、新一はおもむろに快斗のパジャマのズボンに手を伸ばして引
き下ろした。そして下着の中のペニスを握る。

「ちょ、ちょっ、新一っ?」

快斗が驚いている間にさっさと扱き始める。慌てた様子がちょっと
おもしろい。
手の中のものはすぐに硬度を増し、勃ち上がってきた。

「えっと、そろそろいいか、な?」

快斗が慎重に自分のペニスの先端を穴に合わせてくる。
始めた時は割と強引だったくせに、いざというところで恐る恐ると
いうギャップがちょっと可愛いと思ってしまった。

「ん……っ」
「痛い?」
「いや、そうでも、ない……」

丁寧に解してもらえたせいか、覚悟していたほどの痛みはない。貫
かれている圧迫感はあるが、それは却って快斗の存在を確認できる
ようで、どこか満たされた気分だ。
快斗がゆっくりと腰を動かしはじめて、内壁が擦れる。

「ぅ、ん……」

そのうち慣れてくると快斗は新一の感じるところを探るように掻き
回し始めた。

「ん……あ、そのへん……」
「ここ?」
「んっ、もうちょい……ぅあっ、ああっ」
「ここか」
「んんっ、そこ、やべ……はっ……」
「新一っ……」

激しくなっていく動きに追い詰められて、二人はほぼ同時に達した。
息を整えていると、伸しかかるように体重をかけて覆いかぶさってい
た快斗が身体に腕を回してきた。

「こんなに新一の近くに来れるなんて、想像もしてなかった……俺、
あの時土手で倒れて、良かった」
「……俺も。寝不足になって良かったかも」

背中に腕を回すと、快斗が少し頭を上げた。顔を見合わせて笑い合う。

「なあ快斗。今度、オメー誕生日だろ?」
「ああ、そういえば。新一知ってたんだ?」
「まあな。でさ、せっかくだからバースデーパーティーをしようと思
うんだ」
「パーティー?」
「隣と、あとオメーの友達も呼ぼう。中森さんと小泉さんと、白馬も」
「えっ?! 何であいつらも?!」
「観客が必要だからな」
「観客って」
「オメーのマジックを披露してくれよ。簡単なやつでいいから」
「え、でも……」

途端に不安そうな顔をした快斗の、汗で少し湿った髪を梳く。

「リハビリを兼ねてだ。マジックも人に会うのも、少しずつ慣らして
いこう。大丈夫だ、俺が傍にいるから」
「新一……」
「俺も一緒に頑張るから。灰原から聞いたんだろ? 俺も、早く前に
進めるように努力するって決めたから。そんで、来年から大学に通お
うと思ってる」

一人の殻に閉じこもっているのは辞めた。ここで二人だけの世界でひ
っそり暮らしていくのも悪くないが、本当にほしい未来は、快斗がき
らきらと輝いた顔でマジックを生み出し、夢を掴むこと。そして自分
はその隣で、自分のやるべきことをする。

「……わかった。やってみる。新一だけに頑張らせるわけにいかない
し。あと俺も一緒に大学通いたい」
「じゃあ二人で受験勉強だな」
「あ、それは大丈夫。俺頭いいし」
「ああ、IQ400だって? 何か詐欺だよなぁ」
「ひどいっ……って何で知ってんの?」
「あっいや……」

まさか紅子に個人情報のリストを渡されたとは言いにくい。

「俺の誕生日も知ってたし。調べた?」
「……教えてもらったんだよ。まあいいじゃねぇか、オメーだって俺
のことは大抵何でも知ってんだから。お相子だ」
「まあ、別にいいけどさ。……ところで」

快斗が急に照れたように小さく笑みを浮かべた。

「このままもう一回、いい?」
「っ」

そういえば達した後そのまま入ったままだった。思い出して顔に熱が
集まる。

「ぅわ、急に締めつけんなって」
「締めつけてねぇっ……あっ」
「ん……新一ほんとに好き。もう絶対離れらんねぇ」
「んんっ、俺も、好きだ。そっちこそ、絶対離れてやんねぇから覚悟
しとけよ」
「上等だ」

二人はにやりと同じ笑みを浮かべ、隙間を埋めるように抱き合った。




















快斗の誕生日なんて半年前でしたけどね!!
更新が大変遅くなり申し訳ありませんでした。ご心配おかけしました、
ちゃんと元気に生存しております。更新していない間も皆様からのメ
ッセージはちゃんと読んでおりました。温かいお言葉、本当にありが
とうございました! 



14/11/05