翌朝。 昨夜かなり早い時間に寝てしまったせいか普段よりも早く目覚めた新 一は、水を飲もうとダイニングに降りていき、そこで目にしたものに 息を呑んだ。 テーブルの上に置いてあるのは、白いラッピングに青いリボンが掛け られた包み。 その端っこに留められた、四葉の模様をあしらった若草色の一言カー ドには、グリーンのインクで「To Shinichi」と流れるような字で書 かれている。 「あ、新一、もう起きたの? おはよう。体調大丈夫?」 キッチンから現れた快斗を見て、新一は硬直した。 濃い紫色のカーディガン。快斗の瞳の色に合うからと、新一が以前見 繕ってやったものだ。 変わらず笑顔を浮かべている快斗を、新一はまっすぐ見ることができ なかった。 その瞳に自分を厭う色が見つかったら、きっと自分は立ち直れない。 「あ、気づいた? それね、俺からの新一へのプレ……新一? どう した?」 その時、目線を落とした新一の目に飛び込んできたのは、白いゴム手 袋をはめた手だった。キッチンにいたのだから、朝から洗いものをし ていたのかもしれないが、昨日まで常備していたゴム手袋はピンク色 だったはずだ。 それが白いマニキュアの代わりに見えて、新一は息ができなかった。 今快斗は、昨日購入した紫色のパンツを穿いているんだろうか……。 「……か、かい……と……」 「新一? えっ、新一?! ちょ、おいっ、しっかりしろ!!」 哀が目覚めのコーヒーを淹れていると、突然、セキュリティーセンサ ーが門をこじ開けられた時の警告音を鳴らし、何かと思う間もなく玄 関の鍵がガチャガチャと音を立て、勢いよく扉が開いた。 「あっ、哀ちゃん! 新一がっ!!」 靴を蹴散らすように脱ぎ捨てて入ってきたのは隣人の怪盗で、彼が門 のセンサーに引っかかるなんて何事かと思ったら、彼の腕の中には荒 い息の探偵が、意識はあるものの苦しそうに喘いでいた。 「?! 何があったの?!」 「わからない! 朝、急に苦しみ出して……!」 すぐにソファに寝かせようとすると、新一が制するように手を上げた。 「だ……大、丈夫だ、から………」 「何言ってんだよ! そんなに苦しそうに――」 「――待って黒羽君」 新一の様子をひたと観察していた哀が、一転して落ち着いた声で言う。 「……大丈夫。この人、ただの過呼吸だわ」 「えっ……」 哀が小さめの袋を持ってきて、新一の口にあてがう。 「工藤君、まずはゆっくり吐いて。……吸って。――黒羽君、背中を さすってあげて」 「う、うん」 そうして何度か袋の中で呼吸を繰り返すと、徐々に新一は落ち着きを 取り戻した。 「大丈夫、新一?」 「あ、ああ……悪かったな」 ばつが悪そうに目を逸らす新一の背を、快斗は撫で続けた。 「それより、どうして過呼吸になんてなったのかしら。気管の機能に 問題はないはずだから、精神的なことだと思うのだけど。何があった の?」 「そ、それは………」 「新一? どうしたの?」 二人の促すような視線に耐えかねて、新一は一つ息を吐いた。 「快斗、お前が……俺と、その、別れたがってるって………」 ……………………………。 「…………はっ?!」 たっぷりの間の後。愕然とした表情で、快斗はぽかんと口を開けた。 後ろで哀も呆れたような顔で首を振っている。 「え、何? 俺が新一と別れたいって何?!」 「いや、だって……お前が、紫の……今日14日だし………」 「……なるほどね」 哀が納得したように呟いた。 「どういうこと?」 「黒羽君、セプテンバー・バレンタインって知ってるかしら」 「セプテンバー・バレンタイン?」 「ええ。恋人に別れを告げてもいい日で、その時女性は紫色の物を身 につけ、白いマニキュアをし、緑色のペンで別れの言葉を綴るのよ。 マイナーだけど、知ってる人は知ってるでしょうね」 そこまで言って、哀は快斗の全身に目を走らせた。 「紫色のカーディガンに……そのポケットに突っ込んである白いゴム 手袋、さっきははめてたのかしら。それなら、勘違いしてしまうかも しれないわね」 「そんな日があるなんて知らなかった……何で新一は知ってたんだ?」 「一昨日、由美さんが……」 「ああ、なるほど」 快斗は頷いたが、それでも腑に落ちていないようだった。 「でも何でそれだけで俺が新一と別れたいと思ってるなんて思うんだ よ? いつもこんなに愛を示してるのに!」 「でも、お前最近キッドの仕事でもないのに部屋に籠もりっぱなしだ し、昨日もわざわざ紫色のパンツ買いに行ってたし………」 「ななな、何で知ってるの?!」 「……放課後つけたんだよ」 「気づかなかった……」 「ちょっと変装してたからな……それに今日のタイミングで洗いもの 用ゴム手袋が白に変わってるし」 「前のが汚れてきたからちょうど買い換えたんだよ……」 快斗は大きくため息を吐くと、しっかりと新一と目を合わせて言った。 「あの紫のパンツはね、新一にプレゼントしようと思って買ったんだ」 「……え? 何でまた……」 パンツなんて、と首を傾げた新一に、快斗はどこに仕込んでいたのか、 空中から薔薇の花束を出現させて新一に差し出した。 「今日はメンズ・バレンタインデー。男が恋人に愛を伝える日で、下 着をプレゼントするんだって。知ってる人は少ないと思うけど、この 間青子に教えてもらって、せっかくだからと思ったんだ」 「メンズ、バレンタインデー……?」 「前に新一が、俺の目の色みたいだって言ってこのカーディガンをプ レゼントしてくれただろ? だから今度は俺の色を、その、新一に着 てもらいたいなー、なんて……」 「だから紫にこだわったのか……」 「うん。気に入るデザインの探してネットでも漁ったりして。部屋に 籠もってたのはそれだよ」 「なんだ………」 「勘違いさせるようなことしてごめん」 快斗は花束を潰さないようにそっと新一を抱きしめた。 工藤邸に戻ってきた二人は、改めてリビングのソファに並んで座って、 白い包みのプレゼントを開けた。 「緑のインク使ったのは、白いラッピングペーパーに青いリボンでキ ッドっぽさを出したから、アクセントで四葉のクローバーのカードを 付けたくて。そしたら色合い的に濃い緑のペンが合うと思ってさ」 「恐ろしいくらいに偶然が重なったわけか……ごめんな、疑ったりし て」 「ううん。俺の普段の愛情表現が十分じゃなかったってことだもんな」 「えっ?」 何だか嫌な予感がしてソファの上で後ずさろうとすると、その前に腕 を掴まれた。 「さっそくそのパンツはいてみてよ」 「えっ、今か?」 「うん。そんで俺が脱がすから」 「脱がっ……?!」 快斗はぐっと寄ると新一の耳に唇を寄せ、低く囁いた。 「ねぇ新一、知ってる? 恋人に服を贈るのは、それを脱がしたいっ ていう意味なんだぜ?」 「〜〜〜〜〜っ」 そのまま倒れ込むように押し倒され、二人の身体が重なった。 そして朝っぱらから隣家から漂ってくる甘い雰囲気に、押しかけられ て妙に疲れたドクターは特別苦いコーヒーを淹れ直すのだった。 <fin> まったくこいつらは……。 と自分で書いておいてため息が出るほど、恋愛事になると馬鹿なカッ プルですね。 一年ほど前に書いて上げ忘れてたものです。工藤の日記念の代わりに 上げます。 2013/09/11 |