その噂を聞いたのは、入学していくらか経った頃。 ――ホグワーツ創立以来の天才だって…… ――ダンブルドアも一目置いてる…… ――双子みたいに似てるって…… ――クィディッチの腕前がプロ顔負けで…… ――家系は謎だけど超美形…… 「え? 誰だって?」 甘いヌガーに齧り付きながら聞き返したハリーに、隣と真向かいに腰掛 けていた親友二人は信じられない言葉を聞いたというようにぽかんと口 を開けて固まった。 「……ハリー! 知らないの?!」 「君の『知らないの?』は聞き飽きたよ」 「いや、今回ばかりはハーマイオニーの気持ちがわかるよ」 「あの二人を知らないなんて!」 「ハーマイオニー、落ち着いて。ハリーはホグワーツの常識をなぁんに も知らないんだから」 「……そこまで言われると傷つくんだけど」 ハーマイオニーはコホンと一つ咳払いをすると、真剣な表情で話し始め た。 「いい? ホグワーツであなたの次に有名な二人よ。ホグワーツで断ト ツの魔法使いで、一年生の時にすでにOWL試験を首席合格したらしい わ。特別に禁書の棚の閲覧も許可されているって噂よ。だからかしらね、 片方はよく図書館にいるらしいわ」 「へぇ……」 ハーマイオニーがうっとりしたように語るのに、ハリーは何だただのガ リ勉か、と興味なさそうに適当な相槌を打った。 「頭脳だけじゃないぜ。過去にクィディッチの試合に助っ人で二人が出 場した時は、そりゃもう、すっげぇプレーだったんだから!」 「まるで見たかのように言うね」 「見たんだ、過去の校内新聞でね。ダイジェストだけど」 そう言えば写真は動くんだった、と思い出す。 「その後、プロのチームの監督や選手が直々に勧誘に来たんだって。す げなく断られてたらしいけど。兄貴たちが言ってた」 「そういえば何年生なんだ?」 「四年生よ。闇の魔術に対する防衛術が得意な方がグリフィンドールで、 変身術が得意な方がスリザリン」 予想外の答えにハリーは驚いた。まるで二人をセットのように言うから、 勝手に同じ寮だと思いこんでいた。その上、天才だというからレイブン クローあたりかと思えば、よりにもよって片方がスリザリンとは。 「二人は仲悪いのか」 「全然。むしろ大体一緒にいるわね。顔がそっくりだから本当の双子み たい」 「グリフィンドールとスリザリンなのに?」 相性最悪ではないか。 ハリーが疑わしげな目を向けると、二人は複雑そうな顔をした。 「うーん、彼は他のスリザリンとは違うっていうか……主に彼の性格の せいだと思うんだけどな」 「カッコよくて明るくて、分け隔てなく優しくて紳士的だけど茶目っけ がある」 「ちょっと褒めすぎじゃないか?」 「だって本当にそうなのよ!」 頬を紅潮させて力説するハーマイオニーを、ハリーはじと目で見た。 「それで、君は会ったことあるの?」 「遠くから見つめたことなら」 「あっそ……」 ハリーは興味を失って、次のヌガーに手を伸ばした。 自分が魔法界の噂話や常識に疎いのは自覚しているが、ハーマイオニー もロンも、会ったことのない、それも野郎二人に心酔しすぎだと思う。 いくら何でもそんな完璧な人間がいるわけない。噂が誇張されて一人歩 きしているみたいだ。 「それでねハリー、試合の前に、二人にクィディッチの練習につき合っ てもらったらいいんじゃないかしら」 「そりゃいい! ねぇハリー、僕もその練習見に行っていいよな?!」 「いいよ別に……練習はウッドにつき合ってもらうから」 「「えー」」 二人の残念そうなハモリを聞き流しながら、ハリーはデザートの残りを 平らげた。 クリスマス休暇に入ってほとんど生徒たちが帰省してから、普段の活気 が嘘のように校内はどこも静まり返っていた。 時折見かける居残り組も、その静寂を壊さんとするかのように大人しく、 会話もどこか遠慮したようなひそひそ声だ。 休暇中の課題をやるのにも飽きて談話室を一人出たハリーは、どこへ向 かうでもなく校内をほっつき歩いていた。この学校は広い。まだ自分の 行ったことのない場所、存在すら知らない場所がたくさんあるのだろう。 「……あれ? こんなところに扉なんてあったっけ?」 こうして、気紛れのように扉が現れることもある。 だがそれにしても、ずいぶんと粗末な、蹴り開けたら吹っ飛びそうな小 さな扉だ。冒険心が頭をもたげて、せっかくだからと開けてみた。 現れたのは、人一人やっと通れそうな、狭い石の階段。ハグリッドは絶 対に通れないだろう。 先は暗くてどこに続いているのかまったくわからないが、とにかく上っ てみることにした。 「はぁ、はぁ……」 もうずいぶん長いこと上っているような気がするが、先が見えない。 足元でも照らそうとルーモスで光を出しても、不思議なことにほとんど 何も照らしだすことができなくて、結局暗闇の中ひたすら階段を上り続 けている。 もしかしてこの階段には終わりがなくて、からかわれているだけなのか も、と思い始めた時、突如として頭の上が明るくなった。 「外だ……」 一気に冷気が吹き下りてきて、火照った身体を急速に冷やす。シャツに セーターという自分の格好を思い出して、腕を擦った。こんなことなら、 ガウンとマフラーを持ってくるんだった。 ここまで来たのだから、と頭の上に空いている穴から頭を突きだす。 さて、ここはどこだろう、と見回そうとしところで目に入ったものに、 ハリーはぴたりと動けなくなった。 そこはどこかの塔の最上階のようだった。一応屋根はついているが、壁 はなく石の柱が何本が立っているだけで、屋外と言って差し支えない。 そして石の柱に寄りかかるように、横向きに縁に腰掛ける少年。無音で 降る雪がその肩を薄っすら白く飾っている。 肌は陶磁器のように白く、鮮やかな青い目はガラス玉のように透き通っ ている。口元に規則的に白い息が見えなければ、人形かと思うほどに美 しく、現実味がなかった。 少年は空を見上げている。 こんな寒空の下何を探しているのだろうと訝っていると、小さな羽音と ともに、空から白い何かが舞い降りて、彼の差し出した指に留まった。 ――鳩だ。 珍しい、とハリーは目を丸くした。 魔法使いのペットで鳥と言えばフクロウばかりで、鳩を飼っている人は 見たことがなかった。確かに訓練された伝書鳩は猛禽類に劣らず速いし、 人間の住む町を飛ぶなら目立たなくて良いが…… そんなことをぼんやりと考えながら、彼が柔らかい微笑みを浮かべて、 すり寄る銀鳩にキスを落とすのを呆然と見つめていると。 「出てきたら?」 柔らかい声だな、と浸っていたせいで、自分が話しかけられているのだ と気づくのが遅れた。 「グリフィンドール一年のハリー・ポッター」 しかも身元までバレていたとは。 反応がまったくなかったから、気づかれていないのかと思ってじろじろ 見ていたのが恥ずかしい。 すごすご出ていくと、少年はそこで初めてハリーの方を見た。 「ふむ、君があの――」 少年の視線に居心地が悪くなる。 自分が有名人なのは理解しているが、また『例のあの人を滅ぼした男の 子』と言われ、覚えのないことで賞讃されるのだろうか――と少し憂鬱 になっていると、少年は目を輝かせて言った。 「――異例の一年生クィディッチ選手!」 「え?」 「なかなか見ごたえのあるいいプレーだったなぁ。無粋な邪魔も入った みたいだったが……」 「えっと……」 少年はきらきらした目で「シーカーを呑みこんだのにはびっくりした」 と言ったかと思えば、眉を寄せて「スネイプがいたから手出さなかった けど」とか「あの野郎、今度防衛術の授業で泣かせてやろうか」とか呟 いている。 とりあえずハリーが予想していた反応とはだいぶ違っていたことに少し 安堵するが、口を挟むタイミングがわからない。 すると彼の肩に移動していた鳩に頬をつつかれて我に返ったようで、よ うやくハリーの戸惑いに気づいたらしい。 「あ、悪い。クィディッチのことになると、つい」 少年はばつが悪そうに頭を掻くと、思い出したように立ち上がって近づ いてきた。 「俺はグリフィンドール四年のシンイチ・クドウ。初めまして、ハリー」 すっと差し出された手を握り返すと、かなり冷たい。忘れていた寒さを 思い出して思わず肩を震わせると、シンイチが自分のマフラーをすかさ ず外してハリーの首にぐるぐるに巻き付けた。 「え、あの」 「階段も寒いからな。風邪ひかないうちに戻った方がいい」 そしてやんわりと背を押される。促されるままに階段を下りかけると、 背後からまた柔らかい声がした。 「この先、どうしても俺たちの力が必要になった時は――」 「え?」 振り返って見えたのは、誰もいない空間。一瞬前までそこにあった気配 は、あとかたもなく消え去っている。 首を温めるグリフィンドールカラーのマフラーだけが、今の出来事が夢 でないと教えていた。 最後に聞こえた言葉を反芻する。 ――図書館の禁書棚Bの221番目の本を探しにこい。 どういう意味だろうか。それに…… ――『俺たち』って? 頭は混乱しつつも、何かを予感させる出会いだったと確信を持つハリー だった。 *** 「あんなこと言うなんて、シンイチは年下に甘すぎるよ」 塔の渡り廊下を歩いていると、すぐ近くで声がした。肩の僅かな重みが 消え、隣に少年が現れる。 「悪いな、オメーまで巻き込むようなこと勝手に言っちまって」 「何言ってんの。シンイチ一人で巻き込ませるわけないだろ」 「でもオメー、ヴォルデモートなんてどうでもいいって……」 「俺が興味あるのはシンイチだけだからね」 少年――カイトが、シンイチの首筋に懐く。 「まあ、シンイチは優しいから、放っておけないのわかってたしね」 「サンキュ。あ、でも、なるべく手出しはしないつもりだ」 「それが懸命だね」 カイトが離れた途端、首が寒く感じてシンイチは小さくくしゃみをした。 「ああほら! マフラーあげちゃうから……」 「いいんだよ、ただの学校指定マフラーだから」 「ま、シンイチにはこっちの方がよく似合うしね」 そう言ったカイトの手に白いもこもこのマフラーが現れる。ん、と頭を 向けてきたシンイチの首に、カイトがふわりと巻き付けた。 「早く戻ろう。俺たちの部屋に」 「ああ。風邪ひいたらアイに怒られるしな」 「また実験台は勘弁」 「前みたいにスネイプと組まれたら……」 「ちょ、やめろよあれトラウマなんだから〜!」 急に速足になった二人はあっという間に城の中に消えていった。 *** 「……それで結局ビルに教えてもらって何とか終わらせはしたけどさ」 「それって、あなたがぎりぎりまで課題の本を開きもしなかったのが悪 いのよ。フレッドとジョージを責めるのは責任転嫁だわ」 「双子がふざけて、花火で俺の本をトランクごと吹っ飛ばしたのは何に も悪くないってのか?」 クリスマス休暇が終わると、夢から覚めたように元の活気が戻ってきた。 ハリーも久しぶりに制服のローブを羽織って、新鮮な気分で城の廊下を 歩く。授業に遅れないように速足だ。 「……あ」 ふと視線を流すと、中庭に知っている顔を見つけた。今となっては行き 方もわからない不思議な塔の上で出会った、綺麗な蒼い目の東洋人。彼 の肩に懐くようにくっついている少年も東洋人で、彼に良く似た顔をし ている。双子と言われても納得してしまいそうだが、何となく、そうで はないのだろうとハリーの勘が告げていた。 二人とも授業へ向かうところのようで、分厚い本を抱えて中庭を突っ切 っていく。身体の大きな上級生たちの中にいても目立つほどの存在感で、 不思議と目を惹きつけられる。 周りの生徒たちが寮関係なくこぞって彼らに声をかけ、中庭を取り囲む 回廊から身を乗り出している。彼らが学校中の人気者なのだと一目で理 解できる光景だ。 「……ハリー? おいハリー、どうしたんだ?」 「遅れちゃうわよ!」 いつの間にか足を止めていたハリーに気づいて、二人が駆け戻ってくる。 「あら? あそこにいるのって……!」 ハリーの視線を辿ったハーマイオニーが、回廊から身を乗り出す。 「きゃあっ、ホグワーツの双璧シンイチ・クドウとカイト・クロバじゃ ない!」 「うっわぁ、休暇明け早々ツイてる〜」 「ホグワーツの双璧……?」 興奮して頬を紅潮させているロンとハーマイオニーに、押されるように 一歩下がる。二人は振り向きもしないまま答えた。 「そうよ、この間話したじゃない」 「ホグワーツ始まって以来の天才で、クィディッチの腕もプロ並み!」 「ダンブルドアにも一目置かれている経歴不明の美少年魔法使い!」 「ああ……」 そう言えば二人が熱心に語っていたな、とハリーは曖昧な返事をした。 そうか、彼が噂の二人の片方だったのか。 授業のことをすっかり忘れているらしい親友二人の頭ごしに中庭の人だ かりを見ていると、不意に、シンイチの肩に凭れかかっていたカイト・ クロバが顔を上げ、こちらを向いた。 「え……」 今、目があったのだろうか。 戸惑っている間にカイトはシンイチの耳元で何かを言い、今度はシンイ チもこちらを振り向いた。そして二人は中庭の石畳を外れて芝生を突っ 切り、こちらに近づいてくる。 「えっ、何でこっちに?!」 パニックになっている親友二人とは裏腹に固まっていると、案の定、二 人はハリーたちのところまでやってきた。 「よっ、ハリー。課題はちゃんとできたか?」 「あ、はい、まあ……」 シンイチがフレンドリーに話しかけてくると、ロンとハーマイオニーは 目と口をあんぐり開いてハリーを振り返った。まあ、言いたいことはわ かるが、何と説明したらいいのか……。 「今日は友達も一緒なんだね」 「あ、はい。えっと……」 「ロン・ウィーズリーと」 「ハーマイオニー・グレンジャーです! 私たちハリーの親友です」 「そっか。俺はシンイチ・クドウで、こっちがカイト・クロバ」 「もちろん知ってます! お二人とも有名ですから」 自己紹介し合うのをぼんやりと聞きながら、ハリーはカイトの言葉に違 和感を覚えていた。カイトとはハリーも初対面のはずなのに、何だか会 ったことがあるような言動だ。それともこの間のことをシンイチに聞い たのか……。 「そういえば、急がなくていいのか? あと一分で鐘が鳴るけど」 「あ! そうだった、次は魔法薬学だから急がないと! それじゃ先輩 方、失礼します!」 「スネイプの教室ならそこの廊下を右に曲がったところの絵の後ろの階 段を下りると近道だよ。絵の男爵は口髭を褒めれば道を開けてくれる」 「ありがとうございます!」 ハーマイオニーに急かされるままに、ハリーは二人の少年に見送られる 形で別れた。カイトのアドバイスのおかげで無事授業に遅れずに教室に 辿りつけたが、その後できっとシンイチとのことを二人に質問攻めにさ れるのだろうと、少し憂鬱な気持ちでハリーは教科書を広げた。
クリスマスに投下するはずだった単発ハリポタクロスオーバー…… 2014/01/09 |