賑やかな大通りでタクシーを降り、打って変わって静かな住宅街を急ぎ足で歩いた。 冷たく澄んだ空気を深く吸って、白い息を吐き出す。 警視庁を出たあたりから雪が降ってきて、薄っすらと地面が白くなっている。 この調子だと積もりそうだ。 腕時計を見れば、イヴは終わっていた。 警視庁でイヴを過ごしたなんて幼馴染に知られたら、また「事件が恋人」なんて揶 揄されそうだが、事実自分にはそれがお似合いだと思う。 何より、事件にかかりきりで彼のことを思い出さずに済んだのだから、家で独りで 過ごすより良かったかもしれない。 一年前のクリスマスは、年明けに本格的に身を移す予定だった新しい潜伏先で過ご した。 父親が偽の名義で借りたごく普通のマンションの一室で、組織の情報を探るための 機器はそこに置いていた。 そして何よりそこは、情報の取引を申し出た怪盗と秘密裏に会うための場所でもあ った。 2人の間に、共闘と呼べるほどのものはなかった。 2人とも、それぞれ別の敵と戦っていて、目的のために互いの情報源を利用し合う だけの関係だった。 時折、情報を持ってふらりとやってくる怪盗に、こちらもそれに見合う情報を提供 する。 そのことは仲間にも知らせていなかった。 そして一年前のクリスマスイヴが終わる頃。 ベランダから現れた怪盗といつものように情報交換をした後、怪盗が少し躊躇して から言った。 『メリークリスマス』 その呟きが不敵な怪盗らしくなくぎこちなくて、新一は思わず噴き出してしまった。 『ハハッ、どうしたんだよいきなり』 『別にいいだろ』 不貞腐れたようにそっぽを向いた怪盗に、新一は自分でも無意識に柔らかい微笑を 浮かべた。 『……メリークリスマス』 囁きを返すと、少し照れたように怪盗が眉を寄せた。 『……来年のイヴには、もう俺たちはこの世にいないんだろうな』 そう言うと、不吉な言い方をするなと怪盗が呆れたように半眼になった。 新一は苦笑して謝る。 頭の切れる小学生と、月下の白い犯罪者。 来年の今頃には2人ともいなくなっている少し先の未来を想像して、緊張が解れた。 『名探偵、』 キッドが思いつめたような声で呼びかけてきて、何かと見やる。 『来年のイヴ、もし俺たちが―――』 すべてを終わらせていたら……… だが、その続きを聞くことはなかった。 キッドは不意に口を噤むと、「何でもない」と言い残し、マンションを去っていっ た。 それから、新一がいよいよ組織に乗り込み、大捕り物で紙面を賑わせるのと時を同 じくして、怪盗も、中森警部へ届けられた簡素な引退宣言とともに世間から永遠に 姿を消した。 あのマンションはもう引き払っている。 実際あのマンションで会ったのは両手で足りるほどの回数だ。 会話も必要最低限。室内で2人きりと言えど、怪盗がシルクハットを脱ぐことはな かった。 けれど、シルクハットで顔が隠されていようと、モノクルで瞳を隠されていようと、 新一が彼の気配を間違えるはずがなかった。 怪盗キッドがその白い衣装を脱いでからも、彼を何度か街で見かけた。 目が合うのが怖くて、目が合ったら何かが変わってしまう気がして、そのたびに慌 てて目を逸らした。 『来年のイヴ、もし俺たちが―――』 その続きを知りたいと、何度願ったことだろう。 未来の話をしたのはあの一度きりだ。ひどく危うい、不確定の未来だからこそ、安 易に口にすることはなかった。 もし。 もしあの後に、何らかの約束を意味する言葉が続くのならば。 そう考えて、何を馬鹿なと自分に呆れたのは数知れず。 それでも、どうしても今年のイヴの夜に、ほかの予定を入れる気にはなれなかった。 阿笠邸の門灯が見えてきた。 その隣に聳え立つ自宅は真っ暗で、これでは逆に不用心だ。 門灯くらいつけて出れば良かったと後悔したところで、ふと、門の前に佇む人影が 目に入った。 速足を緩めて、ゆっくりと静かに近づいていく。 近づくにつれ見えてきたシルエットに、新一は息を呑んで立ち止まった。 すると、人影がこっちを振り返る。 2人の間に、張り詰めた沈黙が流れた。 それが何秒だったのか、あるいは何分だったのかはわからない。 やがて門の前に佇んでいた青年が、寒さで硬くなった表情筋をぎこちなく動かして、 歪な微笑を浮かべる。 「……えっと………メリー、クリスマス……?」 新一は何も言えなくなった。 何かが胸の奥からこみ上げてきて、喉につかえて言葉を堰き止めているようだった。 何で今夜きたんだとか、何時間外で待っていたのかとか、期待しちまうぞバーロー とか、言いたいことは次々と浮かぶのに、一つも声にならなかった。 「え、っと………」 黙っている新一に不安になって、青年の瞳が揺れる。 新一は俯いてずかずかと歩み寄ると、一層戸惑っている青年に、そのまま、 「えっ」 抱きついた。 *** その後は、まさに、雪崩れこんだと言っていい展開だった。 最初は恐る恐る、その次はぎゅっと抱きしめ返してきた男の身体が冷え切っている のに気づいて、強引に風呂場に連れ込んだ。 熱いシャワーの中で、互いを確かめるように抱き合い、キスを交わす。 言葉などほとんどなくて、身体を温めると2人は性急に寝室へと場所を移した。 仰向けに寝転がる新一の上に青年が覆いかぶさって、キスをする。 「……いい?」 たった一言、問いかけられた言葉に、新一はこくりと頷いて首に腕を回した。 深いキスをしている間に、男の手が身体を愛撫する。 「ん……」 初めての感覚に、落ち着かないような、けれどどうしようもない愛しさを感じた。 自分は目の前の男を欲しているのだと、強く感じる。 下半身に手を伸ばされて、新一はぴくりと肩を揺らした。 男の器用な指が新一の中心を翻弄するように触る。 「んっ、んん……」 同時に鎖骨や胸に吸いつかれて、思わぬ快感に身体が震える。 「はっ、んんっ……だ、めだ……ぁん」 「ダメじゃないだろ」 「ちょっ……ぁあ!」 突然柔らかくて熱いものに自身を包まれて、それが男の口だと気づく。 「あっ、も……うっ」 「うん。イッていいよ」 「ぁ、ああっ」 男の口の中に熱を放出する。 我に返って下を見ると、口元を拭っていた男が視線に気づいて見上げてきた。 言葉を失っていた新一に、男も何も言わずに自分の指を唾液で濡らし、奥へと伸ば した。 「う……」 侵入してくるものの異物感に、ぐっと眉を寄せる。 「大丈夫か?」 「……ぅ、へーき、だ……」 入口を慣らしてから、徐々に指を増やす。 ようやく3本が入るようになったところで、新一が唐突に青年の性器へと手を伸ば した。 「っ!」 「も、いいから……こい、よ」 「でもまだ……」 「早く……」 「……わかった」 指を抜き、硬い自身を宛がわれる。 そろりそろりと入ってくる太いものに、新一は息を詰めた。 「息、吐いて……」 「ん……ふ……」 ようやく根元まで入って、2人は同時に息を吐いた。 重なった吐息に、どちらからともなくくすくす笑い出す。 「やっと……オメーと一つになれた」 「俺今、世界一幸せだ……」 「バーロー、それはまだ早ぇだろ」 囁き合って、慎重に動き出す。 「んっ、あ、そのへん……」 「ここ?」 「ああん! そこ、んんっ」 前立腺を擦られて、嬌声が上がる。 「あっ、ああっ、すご……ぁん!」 「名探偵っ……」 「ああっ、ちがっ……ん、それ、っ!」 「それ?」 「な、まえ……」 「っ、新、一……」 「ああ! んっ、も、っとぉ」 「新一っ」 名前を呼ぶたびに、新一は乱れていった。 そして激しく腰を打ちつけながら、2人とも限界が近いのを知る。 「ああっ、あっ、はぁ」 「く、っ、新一、」 「一緒に……っ、おねがっ、ぁあっ」 「うん……一緒に、な……」 「あっ、あっ、か……かい、と! ふ、ぁあああっ!」 「っ! ……しん、いちっ!」 2人同時に達した後、しばらくそのままの体勢で息を整えた。 「はぁ、はぁ……新一……俺の、名前……」 「え? ……あ………」 ばつが悪そうに顔を背けた新一を、快斗は覆いかぶさるように抱きしめた。 「知っててくれたんだ……ありがと………」 「……探偵なめんなよ」 照れ隠しにぼそりと呟いてから、新一はそっと快斗の背中に腕を回した。 *** 日が昇ってから、青年は改めて自己紹介をした。 それから一緒に朝食を食べて、一緒にごろごろして、一緒に外の雪景色を眺めた。 昼過ぎに隣家の少女がやってきて、腰の痛い家主の代わりに玄関に出た快斗を見る と、驚いたように目を見開いた後、一瞬だけ、優しい笑みを浮かべた。 それは本当に一瞬で、すぐに彼女のシニカルな笑みの裏に隠れてしまったけれど、 何だか泣きそうな微笑みだった気がした。 「じゃあ、これは余計だったかしら」 手元には一切れのケーキがのった皿。 それを見て、そういえば今日は25日だったと思いだした。 「あ、新一にでしょ? あとでおやつに食べると思うよ。ありがとう。あっ、上が っていく? 今新一ちょっと動けなくて……」 「いいえ結構よ。それより、私、あなたがどこの誰なのか知らないのだけれど?」 「あっ、ごめん。俺は黒羽快斗。江古田高校3年で、マジシャンの卵! よろしく ね、お嬢さん」 快斗がマジックで赤い薔薇を出現させ、差し出すと、哀は呆れたような顔になった。 「気障なのは相変わらずね」 そう言って、一応薔薇を受け取ると、哀はスタスタと隣へ帰っていった。 その後ろ姿を見送りながら、快斗は呆然と呟いた。 「……あれ? 正体バレてる?」 なかなか戻ってこない快斗を呼ぶ声がするのは数秒後のこと。 目指したのは寡黙な快斗…… ありがちな話になっちゃいました。 2012/12/24 |