「………………は?」


快斗は自分の耳が信じられなかった。
これまで生きてきて、これほどまでに自分の五感を信じられないことはな
かった。

「てっきり、工藤君の誕生日を祝うために、クラスの子で遊びに行く誘い
断ったんだと思ってたのに」

そうだ。連休前、四日にクラスの何人かでトロピカルランドに行くから来
ないかと青子に誘われた。だが、その次の日の夜に犯行を控えていたから
断ったのだ。
いつもなら断ると不満そうに理由をしつこく聞いてくる青子だが、その時
はやけにあっさりと納得して引き下がった。それを不思議には思ったが、
問い詰めることはしなかった。

まさか、そんな理由だったとは。

「……まさか快斗、工藤君の誕生日知らなかったの?!」
「い、や……」

もちろん知っていた。

五月四日。
過去に工藤新一に変装したことも何度かあるし、個人データは頭にインプ
ットされている。生年月日どころではない。新一の学生証番号だって、こ
の間の全国模試の受験番号および全教科の点数だって、それから主治医の
連絡先はもちろん、行きつけの本屋やコーヒー豆専門店の電話番号だって
記憶している。
新一に関するデータで、快斗の記憶に穴はない。……はずだった。


携帯のディスプレイに表示されている日付を見る。
何度見ても今日は五月六日だ。何もおかしいところはない。自分の認識で
も今日は間違いなく五月六日だ。そして新一の誕生日は十八年前から五月
四日だ。

「う、そ……だろ……」

恋人の誕生日を、自分は忘れていたというのか。


教室の反対側で、紅子の唇が動く。

――だから、忠告してあげたのに。

読唇術で読みとった言葉が追い打ちをかけるように突き刺さる。

しかしそれよりも、続く青子の何気ない言葉の方が快斗を追い詰めた。

「そういえばね、お父さんから聞いたんだけど。工藤君、ずいぶん前から、
連休中はよっぽどのことがない限り要請されないようにお願いしてたみた
いだよ。だから、お父さんがキッドの狙う宝石の警備に呼ぼうとしたら断
られちゃったんだって」
「……………」

正式に警備に参加してしまったら、連休は確実につぶれてしまっただろう。
新一が期待していたはずの連休の過ごし方を想像して、快斗は拳を握りし
めた。

『俺、連休中はここ来れねぇから』

そんなことを言ったあの日の自分を殴ってやりたい。

あの時新一は、どんな思いで快斗の言葉を聞いていたのだろう。
あれからもう、五日も会っていない。

今すぐ教室を飛び出して新一のもとに駆けつけたい衝動を、理性がぐっと
押しとどめる。
今会いに行ったところで、新一だって学校にいるはずだ。己のミスを理由
に早退させるわけにもいかない。

予鈴を聞きながら、快斗は焦燥を抑えこむように腕の中に頭を伏せた。





最後の授業の終業ベルが鳴ると同時に、快斗は教室を飛び出した。
まだ教壇に立っていた教師とクラスメイトたちがぽかんとして見送る。

快斗は靴を履き替えるのももどかしく、学校を飛び出した。全速力で走り、
駅の改札を風のように通り抜ける。閉まりかけた電車の扉の間をすり抜け
て飛び込んだ。

ゆっくりと動き出す電車がもどかしい。扉に手をついて切れた息を整えた。

これほど一日を長く感じたことはなかった。

早く、新一に会いたい。



                ***



ガタンッ

HRが終わって担任が教室を出て行った瞬間、後方のドアが勢いよく開いた。

「新一!」

ここで聞こえるはずのない声に、新一は驚いて振り向いた。

「快斗?!」
「新一っ」
「えっ、ええっ?」

席に着いたままうろたえる新一の前に、快斗がいくつもの机の上を跳び越
え、降り立つ。

「えっ? 誰?!」
「工藤の知り合いか?!」

突然現れた学ランの他校生に、周りの生徒たちが一気にざわめいた。
新一も状況についていけず唖然としていると、いきなり抱きしめられる。

「新一、ごめん!」
「ちょ、快斗っ?」
「ごめん……」

腕に力がこめられて、さらに強く抱きしめられる。
身体が密着して、新一は快斗の身体が熱いことに気づいた。首元も汗ばん
でいて、鼓動も速い。息も荒い。

常にない状態の快斗に、新一は驚いて快斗を見ようとしたが、抱きしめる
腕が強すぎて身じろぎできない。

「……快斗」

新一は小声で呼んだ。できるだけ優しい声音で囁く。

「どうした?」
「……ごめん。誕生日、祝えなかった」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃない! つき合って初めての誕生日だったのに……連絡
すら、しなかった」

新一には、なぜか快斗が泣いているように思えた。涙は流さないが、心で
泣く男なのだ。

「俺、忘れてた……今朝青子に言われて思い出して……本当、最低だよな」

自分のために、きっと全速力で駆けつけてくれたのだろう。
恋人の誕生日を忘れるようなうっかりしている男だが、こうして全身で想
いをぶつけてくれるから新一は安心できる。
自分でも無視していたが、ここ数日もやもや蟠っていたものが、快斗の体
温で溶かされていくようだ。


周りから注目されているのはわかっていたが、新一は快斗の背にそっと腕
を回した。

「……みんなが祝ってくれたよ。蘭と園子に、博士も灰原も、それから少
年探偵団も」
「…………」
「でも確かに、ちょっと寂しかったかなー。みんなに祝ってもらえたのは
嬉しかったけど、快斗がいないと何か物足んねー」
「新一……」

情けない声に、新一はくすっと笑う。

「今日、うち来いよ。泊まってけ。んで、連休中放ったらかしにしてた分、
俺のこと甘やかせ」

頷いた快斗の頭を、新一はぽんぽんと撫でた。





                ***




「かあーっ、何よあの甘い空気!! 余所でやれっての!」
「まあまあ、仲直りできたみたいでよかったじゃない」

新一のいない教室で、園子がじたばたするのを蘭が宥める。
なぜ新一がいないかと言うと、ただのサボりだ。

あの後、離れたがらない快斗をしかたなく背中にひっつけたまま帰ってい
った新一は、結局次の日になっても学校に姿を見せなかった。
大方、快斗と思う存分甘い時間を過ごしているのだろう。想像するだけで
胸やけがしそうだと園子は顔を歪めた。

おまけに、昨日の出来事は学校中で噂になっていて、突然現れて新一を抱
きしめた男の正体について、事情を知っていそうな蘭と園子は会う人会う
人、質問攻めにされていた。

「これは貸しよ、新一君!」

拳を突き上げてそう叫ぶ園子だった。















fin.



















新一、誕生日おめでとう!!!

快斗ヒドイよ! 新一の誕生日忘れるなんて碌でもない男だ! いや、一番
ひどいのは私か……。
そして快斗が酷ければ酷いほど菩薩になる新一さん。




2013/05/04