epilogue










工藤邸の前にタクシーが停まっている。そのトランクに荷物を積むと、
三宮は改めて自分がこの十日間過ごした屋敷を見上げた。
 
「君とのハラハラドキドキな生活も今日で終わりだね」
 
門の前まで見送りに出てきた新一ににやりと笑ってそう言うと、新一も
同じような笑みを浮かべた。
 
「ちゃんと俺の探偵ぶり観察できました?」
「ああ。足癖が悪くてレーズンが嫌いってことはよくわかったよ」
「俺も、休日は本当にゲームばかりやってるってことがよくわかりまし
た」
「お世話になる以上、できるだけ面倒じゃない居候を心がけていたんだ
よ」
「そんな気は遣わなくて大丈夫でしたよ。迷惑料はマネージャーさんか
らたんまり貰ってますので」
「はは、まあ、冗談はさておき……」
 
長かったような短かったような、複雑な気持ちでこの十日間を思い返す。
 
「事件てんこ盛りで、個性的な人たちにも出会えて……とにかく、新し
いことばかりで楽しかったよ。君に迷惑もたくさんかけたけど、得たも
のは大きい。本当にありがとう」
「俺の方こそ、何度も危険な目に合わせてすみませんでした。カッコ悪
いところも見せてしまいましたね。探偵のイメージが崩れてしまったん
じゃ……」
 
申し訳なさそうな新一に、首を振る。
 
「カッコ悪くなんてない、むしろ人間らしくてカッコ良かったよ。俺の
勝手なイメージなんてクソくらえだ。……フェンスに粘着剤塗っておく
なんて、キッド相手に悪戯するお茶目なところもあるってわかったし」
「あ、あれは……」
「探偵と怪盗に不謹慎だけど、君たち結構いい友達になれそう」

昨夜のことを思い出してくすくす笑うと、新一は困ったように苦笑した。
 
自分は今すっきりとした表情をしているのだろう、と三宮は確信してい
た。
ここで得るべきものはすべて得た。大きな使命を一つ果たした気分だ。

新一が右手を差し出してくる。

「映画、期待してますよ」
「ああ」

その手をしっかりと握り返す。

「そのうちコンサートにも呼ぶよ。吹雪のメンバーにも紹介したいし」

そう言いながらタクシーに乗り込もうとしたところで、塀に背を預けて
立っている人物に気づいた。

「黒羽君! いつからいたんだよ?!」
「ついさっき。見送りにね」

快斗は少し寂しそうな笑みを浮かべて近寄ってきた。開きっぱなしのタ
クシーのドアを隔てて向かい合う。

「三宮さんに会えなくなるの寂しいなぁ」
「またすぐ会えるよ。その時もう一度ゲームで勝負しよう。今度は負け
ないから」
「それはどうかなー」

そして快斗とも握手をすると、三宮は今度こそタクシーに乗り込んだ。
だが、発進する前に窓が下りる。

「そう言えばさ……あー、俺が勝手に宿題みたいに思ってただけなんだ
けど……」
「? 宿題?」

揃って首を傾げる二人に、三宮は躊躇いがちに言った。

「ほら、工藤君と俺の部屋の間の、鍵のかかった二部屋……あれ、本当
は黒羽君の部屋なんじゃない?」
「えっ……」
「他の部屋は工藤夫妻の寝室以外鍵かかってなかったし、事件の資料と
かは書斎に置いてあるみたいだったし……工藤君が隠したがる理由って
いったら、それくらいかな、と。違う?」
「え、あ、その……快斗の部屋っていうか、私物を置いてるだけってい
うか……ええと」

誤魔化しにすらなっていないようなしどろもどろな態度に、三宮が悪い
ことしちゃったかな、と少し後悔していると、快斗が助け舟を出した。

「なんだバレちったか。結構ちゃんと痕跡消したつもりだったんだけど
なぁ。何でわかった?」
「うーん、鍵かけてるってところからして怪しいよな。工藤君の恥ずか
しい趣味が詰まった部屋なのかもとも思ったけど、本当に隠したいもの
なら徹底して隠し部屋とかにしまいそうだし。この家ありそうじゃん?」
「確かに」
「そもそも恥ずかしい趣味なんてないですって!」
 
新一が眉を寄せて否定する。
 
「ただの客室ならわざわざ鍵かける必要もないし。それで考えたのが、
誰かのための部屋って線。警戒心が強くて、フレンドリーに見えてガー
ドの固い工藤君が、自分の家に、それも自分の部屋の隣に誰かの部屋を
作るとしたら……よっぽど信頼してる人だろうなって」
「それで、俺?」
「そ。黒羽君」
 
三宮は指を銃の形にして快斗に向けた。
新一は複雑そうな表情でそれを見ている。
 
「つまり、新一は誰よりも俺を信頼してるように見えたってこと?」
「うん。これは白馬君に出されてた宿題だけど……君たち二人は、お互
いに必要不可欠で、命を預けられる関係。ってのはどう?」
 
すると快斗は満足げに笑みを深めた。
 
「及第点」
「あれ、満点には届かないか」
「それは無理。たったの十日じゃね」
「それもそうか」
「でもたったの十日にしては上出来」
 
その時、ふと快斗が口元に刻んでいる笑みに、なんとなく見覚えがある
ようなうっすらとした既視感を感じたが、その曖昧な感覚は捉える前に
すぐに霧散してしまった。
 
「それじゃ、また」
 
窓を閉めて、待たせていた運転手に合図する。手を振っている二人に三
宮も振り返したところで車はとうとう発進した。
 
まるで幻のような十日間だったと、シートに身を預けて目を瞑った。
初めて垣間見た、自分がこれまで生きてきた世界とはまったく別の世界。
色々なことが想像とは違ったが、だからこそ意味のある十日間だった。
協力してくれた新一や快斗、そしてこの十日で出会った人たちのために
も、いい映画にしなくては、と決意を新たにした三宮を乗せて、車は米
花町を去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




end.









最後までお読みいただきありがとうございました!


2013/12/19